独り言

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無は苦しみからの永遠の解放

僕にとって、、無は(障害者という)苦しみからの永遠の解放である。周囲はきっと、僕が後遺症の片麻痺を受け入れ乗り越えたと思っているのだろう。その事は僕を見る目や僕にかける言葉からひしひしと感じる。そんな事が分からない程僕は鈍感ではない。そして半身麻痺などという人間としての当たり前の機能を喪失した現実をそんなに簡単な受け入れられる程甘いものではない。だから、、今でも無は僕にとって苦しみからの永遠の解放である。重要な事はいつ、どのように無に帰するか、、であるいつ、どのように、どこで、誰にも迷惑をかけず、そして、誰にも知られずにであるそのときは近い早く方法を考えなければならない。
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今朝の痺れ

2012年3月19日朝左半身の痺れがいつになくキツイ爪先から顔まで痺れている辛い、、こんな朝、いつまで続くのか生きているのがいやになるくらいだ。負けるもんか僕には志がある日本全国をスマートシティにする!僕の目指すスマートシティとは単に次世代送電網の整備なんかではない!地域の資源を最大限利活用したエネルギーの地産地消型の町作りだ!エネルギーだけではない食の地産地消、ひいては労働・雇用の地産地消をも実現した町作りだ!今のような都市部に中央集権化した町作りでは災害時脆弱だそもそも中央の連中は地方の現場を何もわかっていない霞が関の連中はエリート中のエリートかもしれないけれど机上の空論ばかり、そして天下りしか考えていない自己保身しか考えていない。そな中央に依存しない自立した街づくり・・日本全国でそんなスマートシティ作りを目指したい。できるかどうかわからないけど身の丈に合わない志かも知れないけれど、そんな壮大な夢と希望を考えていると、半身麻痺と痺れに苦しんでいる自分が小さく見えてくる心も熱くなり、辛さも癒えてくるさあ、頑張るぞ!今日は僕の構想を具現化するための具体的な提案書を作成しよう!iPhon...
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苦しいけど怖いものはない

毎日、毎日朝から左半身中の痺れが激しく苦しいけれど、歩くのもイヤになってくることもあるけれど、一分一秒が不自由だらけ・・好きだったスポーツもできず、昔に比べたら楽しみも激減して生きているのがイヤになることもあるけれど、それでもこんな身体で人の役に立てるなら、どんなに苦しくても何でもやる。「人の役に立てる」・・生きていてこれほど生きがいを感じるものはない。だってこんな身体でアフリカの人たちの役に立てるなんて夢のようじゃないか何よりも日本人冥利につ尽きる。僕の知識が、人とのつながりが、役に立つのであれば役立てたい。それで助かる人がいるのなら昔のような「楽しみ」がなくても「人の役に立てる」感があればそれだけで充分だ。死も怖くない。だって生きていることの方が苦しいから僕にとって生きることはとっても苦しいことだけど怖いものはない。なざなら死はもう怖くないから・・
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もういいかな

もういいかなもういいいでしょ。ここまでで許してくれるかな我ながら。。3年間よくここまでがんばったと思う。この身体で。。誰も褒めてくれないけど最後に自分で自分で褒めてあげよう
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腹は決まった!

昨夜の夜中3時頃、突然腹が決まった!何が決まったかというと・・いつ死んでも構わないという腹だ不思議なものだ。こいうことってとって突然心が定まるものだ。一旦腹が決まるとやるべきとがたくさん見えてきた!ネガティブなっものではなくポジティブなものだ。怖いものが本当にないのだ。やる絶対に・・死ぬまで必ず人に役に立つことを社会に役に立つことを!障害者でもここまでできるんだということ世の中に示してやる!もうバカにはされない。自分がやるべきと思ったことを!他人や身内の中傷になんか左右されない!
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心=脳=魂=身体

まあ、これほど心が凹んだのは久しぶりだなぁ・・半身不随になって初めて日常生活に戻った時にあまりにも日常生活で何もできなくなっている自分に衝撃をけたとき以来だな・・それにしても今回の心の凹みであらためて心=脳=魂=身体だと確信できた。特に心は身体と切り離せないそして脳=心だ痛感した。今回の心が凹みで後遺症の痺れがあまりにも酷く苦しかったことには驚いた。痺れが酷いから心が凹んだのか、心が凹んだから痺れが酷くなったのか分からないけどいずれにしても心の凹み=脳の後遺症の増幅=身体の硬直だった。やっぱり心の凹みが先にあるかな・・きっと妻も息子も旅行に行っちまったのが相当寂しかったのかもね。。守るべき対象が居なくなって張り合いがなくなったのかも知れないな。男って守るべき者がいない生きる張り合いがなくなるって本当だなって思った。そういう意味では男って弱いもんだね妻に先立たれると後を追うように逝ってしまう男ってよくあることだよね。生きる張り合いがなくなるんだよね。そういえばあの長門裕之さんも献身的に介護していた南田洋子さんがなくなったら後を追うように亡くなっちゃったよな。。僕もその口かも知れないそのく...
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もう立ち止まらない

人生は立ち止まったらそこで終りだ!僕は今にも立ち止まりそうになっていた。でも、もう立ち止まらない。たとえ障害者でも・・人の10分の1のスピードでしか歩けないけれど、立ち止まりさえしなければいつかはゴールに着くいくら速く歩けても立ち止まったらそこで終り。ゴールに着くまでは、もう前のみしか見ない。前のみを見て歩きつ続ける。チャンスがめぐってきているじゃないか。ギニアへ日本の技術輸出をサポートするチャンス。インドへ日本の最新風力発電技術を導入するチャンス。更には障害者だけで運営する会社を立ち上げることになりそうだ!支援者がまたでてきた。障害者でも社会に役に立つことが証明できるチャンスだ。障害者だからといって厄介者でないことを証明できるチャンスが・・なのに何を立ち止まろうとしているんだ。もう立ち止まらない!
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孤独感なんて所詮は、、

孤独感なんて所詮は「感」に過ぎない何か僕は間違えているiPhoneから投稿
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障害者だけで運営する会社を作ることになった。

このほど独立する前に勤めていた会社の100%出資で子会社を設立して障害者だけで運営する会社をおこすことになった。ここでも障害者でも社会に役立つことができることを「皆で」証明していきたい!
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今の僕がすべき事

僕は男である。僕は一家の大黒柱である。たとえ障害者になったとしてもそのことは変わらない。男であれば仕事に打ち込み一家の主であれば家族を養うのが僕の役目である。今の僕は左足は不自由で杖なしでは歩けず、ノロノロとしいるけど僕には健常な右足がある。だから一切歩けないわけではない。左手は全廃で使いものにならないけれど、僕には健常な右手がある。毎日痺れもキツイけど、障害者だからと言って役目を放棄してよいことにはならない。幸い知能に障害はない。健常な右手右足があればできることはある。弱音を吐いている場合ではない。幸いにしてIT系の知識はある。健常な右手さえあれば、遅いけれどこうしてタイピングもできる僕にできること。もう身体を使って足りまわることはできないけれど。。この右手とネットを活用して情報伝達はできる。提案書などの書類も作成できるそれだけできれば十分ではないか。やれることはある。この健常な右手右足を使って社会に役立つことはある。そうして稼ぐ、僕には家族を養う義務がある。これだけは放棄できない。放棄してたまるか。悲しいとか辛いとかそんな軟弱な思いを心に持ってはならぬ。そんなことを考えている余裕は...