遺伝子を発見したという話題がひそかに注目を浴びているようだ。
その話の話題を聞いたときに同時に
「その遺伝子を目覚めさせるためにどうしたらいいの?」
「不老不死になってみたい」
そんな言葉が聞かれる
でも 皆そんなに不老不死になりたいのだろうか
僕は不老不死になんてなりたくない。
なぜなら不老不死なんて究極の孤独以外の何物でもないと思うからだ。
不老不死とは恐ろしく孤独なのだと感じたのは高校生の手塚治虫の「火の鳥」の未来編を
読んだときだ。
未来編の主人公となる人が地球が全面核戦争で破滅する直前に、「火の鳥」から
不老不死の体にされてしまうというストーリーだった。
そして全人類破滅したあとで、自分だけが生き残り、永遠に生き続け
地球が再生するのを見守らなければならないという運命を背負わされるのだ。
以下は不老不死になるということに対して最も衝撃を受けた2ページだ。
つまり不老不死なんて孤独になる以外の何物でもないのだ。
僕にとって孤独ほど恐ろしいものはない。
それは僕の辛い体験からだ。
僕が半身麻痺の障害者になった当初、ほとんど身動きが出来ず、
自宅で一日中部屋の天井を見て過ごさなければならなかった。
それは恐ろしいほどの孤独だった。
うまく言葉に出来ないけれど、脳出血によって障害者となり、
それまで築き上げてきた会社は破産、自分自身も父親として、あるいは夫として
必要な能力まで、いろいろなものを失ったという絶望感の中で、
たった一人外出も出来ず、部屋のベッドで寝ていた日々。
孤独だった。。。
それは死ぬほど孤独だった。
本当に死にたいと感じた。
そのときの経験から僕は孤独というものを最も怖れている。
だから僕は常に「人とのつながり」を感じていたい。
それこそが僕にとって生きる価値であると感じている。
そのためには「役に立つ人間」でありたい。
小さな事でも良いから、「必要とされる人間」であらねばならないと思っている。
でなければ「つながり」が切れそうで恐いのだ。
不老不死だけでなく、長寿であることも孤独につながると感じている。
だって例えば150歳まで生きることができたとしても、知っている世代の人間は、
全て死んでしまっているという状態ではないか。それどころか自分の家族、
自分の子供さえも死んでしまっているかもしれない。
話相手が存在しない状態ではないか。
それこそ孤独ではないか。
そしてもう一つ
死後に魂が残るということも恐ろしく孤独ではないかと思うのだ。
そもそも自分が死んで魂が残ったとしても、その自分の魂は
愛する人(妻や子供)とつながり(コミュニケーション)を持つことは、
不可能なのだ。
人間から死人の魂とコミュニケーションを持つことが不可能なのだから、
魂側からも人間に対してコミュニケーションを持つことは不可能だ。
コミュニケーションとは双方向で成り立つものだから・・
稀に霊と交信ができるというおかしなヤツもいるが、、
そんなのはは論外として、魂が残ってもコミュニケーションが出来ない限り、
孤独ではないか。恐ろしく孤独な状況だ。
そんなことからも、僕は死後は魂など残ってほしくないと思っている。
そんな孤独なんて耐えられなから・・
いつも書いているように僕は脳=心=魂だと信じており、
死は脳の消滅であり、魂の消滅であり、心の消滅である。
つまり「無」だと思っている。
そんな考えは空しいとい言う人もいる。
御先祖様の霊が存在し、その霊を弔う気持ちを持つことは大事だなどと・・
僕は別に霊など存在しなくてもよいと思う。
霊など存在しなくてもご先祖様に感謝する事はできるだろう。
自分の存在するのはご先祖様のおかげだと感謝することはできるのではないだろうか
僕は、魂なんかが残って孤独になるのが恐ろしいから死後は「無」であってほしい。
「全てのつながり」の切れた状態の究極の孤独なんて味わいたくないから、、、
死後は魂が残ると考えたほうが僕は死が恐ろしくなる。
無やってくれた方が死を怖れなくて済む。
死とは「全てのつながり」が切れて「無」になる
だからこそ今生きているこの瞬間の「つながり」を大切にしたい。
そしてその「人とのつながり」を保つためにも「役に立つ人間」であり続けたい。
たとえ障害者であっても「必要とされる人間」であり続けたい。
孤独が怖いから・・
投稿者プロフィール
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京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年に、いつの日か個人事業主や企業経営者のコーチや個人のライフコーチとしてコーチングビジネスをするスタートする為、コーチング認定試験に合格し、認定コーチとなり、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定。
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」です。