死に対する怖れ
僕は脳出血を起こし、生死をさまよい障害者になってから、健常者の頃より死に対する恐れが少なくなった。ほとんどなくなったといってよいだろう。なぜ死を恐れるのか。僕は健常者の頃、死ぬことでいちばん恐ろしいことは「別れ」だと思っていた。それは「人との別れ」だけではなく、この世にある全ての物との別れだ。見慣れた景色、住み慣れた家、使い慣れた道具、死とはそんな僕とつながりのあったモノとの別れをしなければならないと感じ、その「別れ」が怖かった。でも今は違う。「死とは無に戻ること」だと考えるようになったからだ。この世の全てのものは「無」から生まれた。そして死とは「無」どれだけのことなのだ。「無」になるということは「魂」さえも残らないのだ。そもそも「魂」なんて存在しない。心=脳だと考えた場合、脳が損傷あるいは破壊されたとき心も消滅してしまうのだ。魂も消滅してしまうのだ。 「別れ」が怖いと思うのは生きている証拠だ。魂が存在する証拠だ。魂が消滅し、心が消滅してしまえば、「怖れ」さえも無くなってしまう。無になれば苦しむことさえなくなってしまう。僕は死んでから「魂」などというものが残る方が苦しむと思うのだ。死ん...