生きたくても生きれない人と死にたくても死ぬ事ができない人とどっちが残酷ですか?


生きたくても生きれない人と死にたくても死ぬ事ができない人とどっちが残酷ですか?

この問いにみなさんはどう答えますか?

どっちも残酷です

でも

僕は死にたくても死ぬ事ができない人の方がどちらかといえば残酷ではないかと考えています。

それは昔、ロバートデニーロが主演の映画「レナードの朝」を観たときに思いました。

あの主人公(ロバートデニーロ)は最後にあのまま生きていかなければならないのです。

あのまま何十年も生きさせられる事の方がものすごく残酷です。

生き地獄です。

僕は地獄はあの世ではなく今生きているこの世に最も凄惨な地獄が存在すると信じてます。

人間、そんな凄惨な地獄を味わいながら生きるくらいなら死んだ方が良いと思っています。

そんな意味で「死の選択」は決して「悪」とは限らないと思います。

この世には死にたくても死ぬ事ができず苦しんでいる人はたくさんいると思います。

そんな人に対して「生きることは大切です!生きなさい死んではいけません」と言うことが

つまり「死の選択」を与えない事がどれほど残酷な事か・・・

あのブッダでさえ「人はなぜ生きなければならないのか」ということに答えを出せていません。

生と死は一体であるとも言っています。つまり死=悪だ言っていないのです

死にたくても死ぬ事ができない人にとって「生きなければならない」という言葉は、

ときにとても残酷な言葉にもなりうると思うのです。

僕の中でも明確な答えは出せていませんが、これだけは言えます。

「生きたいと思える人は生きれば良い」

生きる意味とは何か?

人はなぜ生きているのか

何のために生きているのか?

これは永遠に解けない問いだと思います

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年に、いつの日か個人事業主や企業経営者のコーチや個人のライフコーチとしてコーチングビジネスをするスタートする為、コーチング認定試験に合格し、認定コーチとなり、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定。
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」です。
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