2014-03

最新環境技術

太陽光発電用用地造成開始!

茨城で太陽光発電用用地造成開始!現場視察に行ってきたまずは低圧50kwの3区画分900坪この900坪でも土砂だけでもダンプ8台分出た・・次は栃木に50kwの40区画分1万2000坪メガソーラーって聞こえはいいけど一つの発電所の出力も大きい分電力会社との連携接続が難航したり、大規模開発認可やなんやかんや問題が山積みになり、思うように進まないこうやって太陽光発電をたくさん作る方が太陽光発電を普及するには早道なのかもしれないメガソーラークラスになると将来的に電力会社が電力の受け入れ拒否をする可能性があるし、、(何で受け入れ拒否されなきゃいけないんだろう)変電所の容量が足りないというのが大方の理由みたいだけどそもそも再生可能エネルギーに否定的な気がするやはり原発利権か・・少なくとも某電力会社は低圧なら受け入れ拒否しない(できない)だったら低圧の太陽光発電所をバンバン建設する方がいいじゃん
人間について

太陽光発電用の動産保険ってすごい・・

今回、開発した太陽光発電所には動産保険っていうやつをつけているのだけど・・この保険ってすごいなぁだって地震と津波以外で太陽光発電所が破損またはぶっ潰れたときにはこの太陽光発電所購入・建設費が全額補償されるんだもんな更にその年、天候不良で目標の発電量を発電しなかった場合も目標の発電量を発電できたときの売電収入一年分以上の収入保障までする・・しかも月額保険料は2万円ちょっと・・こんなんで損保会社やっていけるのかな・・
最新環境技術

SOLAR発電所情報サイトできた・・

SOLAR発電所情報サイトできたあとは情報登録していくだけ・・でも300案件も登録するのは大変だな。。
独り言

負けたまるか!

今が一番大事なときであるにもかかわらずまた脳出血の後遺症の中枢性のしゃっくりである!苦しい・・昨日から止まらない・・たかがしゃっくりでも(止まらない)原因は不明僕の推測・・脳出血のせいでたぶん普通なら横隔膜の痙攣であるしゃっくりを止めることができる脳細胞が死んだのだろう出血の後遺症は百者百様だというけどたぶん世界中の誰にも理解は不能だろう・・昨夜からそのせいで昨夜は夜中じゅう・・とまらないしゃっくりで胃液が逆流してくるから食道あたりが激痛・・そして・、、嘔吐・嘔吐・嘔吐・・しゃっくりを止めたいから・無理くり指を喉の奥まで突っ込む・・そしてまた夜中の3時から朝まで嘔吐・嘔吐・嘔吐・・もう黄色い胃液しか出てこない・・この胃液が鼻の孔まで入ってくるとさすがに激痛・・涙が出てくるそれでも負けてたまるか!明日は太陽光発電所のプレゼンだ!今夜中にしゃっくりを止めてみせるまた無理くり指を喉の奥まで突っ込み嘔吐させている嘔吐物にとうとう血が混じってきたそれでもこんなことくらいで負けてたまるか!それでもまだ出ているしゃっくり・・13時までには胃に釘を突っ込んで横隔膜を破ってでも止めてやる・・
独り言

ここまできたよ

やっとここまできたよ太陽光発電・・僕の志なんてカッコイイ事言ってたけど・こんな身体で本当にできた・・ここまでの来るのには罵倒、批判、屈辱等々紆余曲折あったけどメガソーラーじゃないけれど・・低圧50Kwだけれど全国に800区画 50Kw×800区画=40メガワットじゃんこんな半身不随の障害者でもできたもちろん僕を必死でサポートしてくれたパートナーのおかげけれど・・全体出力じゃメガソーラーに匹敵するからいいかなある意味志が達成できたのかもねでも・・この身体だけはは変わらない不自由で・・不自由で・・今も左半身激痛と痺れで目が覚め眠れず、書いている・・結局半身麻痺の障害の苦しみは何も変わらないそんなこと初めから分かっていたんだけど・・ただ・・夢(志)に向かって無我夢中になっている瞬間だけは「無我」だから?その瞬間だけでも苦しみを感じない気がして・・だから頑張ってこれた気がする。じゃあこれからは僕は何を目標に、志に頑張れば良い?それは決して経済的利益(つまり金)ではない事だけはわかっているなぜなら、経済的利益(つまり金)はどんなに巨万の富があっても決して、決してこの僕の半身麻痺の障害の苦しみや日...
人間について

これほしい!

以前から思ってたんだけど・・半身麻痺になってから昔観た映画「エイリアン」でシガニーウィーバーがエンディングでエイリアンと闘うシーンで着て闘ったパワーローダーとかって言うロボットのようなガンダムのモビルスーツのできそこないみたいなヤツ欲しいと思っていた・・苦笑動かなくなった左半身の代わりになるかな・・ってその動画をYOUTUBEで見つけた!よく見ると・・コレ着てコーヒー飲むのはさぞ難しいだろうな・・やっぱりいらん・・笑しかし、この映画くらいからやたら女性が強くなってきた感がするなぁ・・この映画でシガニーウィーバー強すぎ!最近はスポーツも女性の方が強いよなぁ・・そういえば誰かが21世紀は女性の世紀になるとか言っていたな・・
人間について

おかしな議論?

またテレビ(某公共放送)でおかしな議論をしていた・・あなたは原発のリスクを取って、今の文明を享受するかそれとも再生可能エネルギーというコストの高いエネルギーを選択して生活レベルを引き下げるかという問いかけだった・・この問いかけ自体おかしいと僕は咄嗟に思ったこの問いかけは明らかに原発=低コストエネルギー再生可能エネルギー=高コストエネルギーという前提だからだなぜ未だに原発=低コストエネルギーという思い込みがあるのかそもそも東日本大震災のときに原発のコストには「これまで災害時の対応コストが盛り込まれてなかった!」と皆(メディアも含め)大騒ぎしたばかりじゃないかそれだけではではない廃炉のコスト含まれていなかった。廃炉のコストは・・例えば東海原発ではこんな工程表が作成されている。1.原子炉領域解体前工程  1998~2013年(16年間)2.原子炉領域解体撤去   2014~2019年(5.5年間)3.原子炉建屋解体撤去   2019~2020年(1.5年間)4.原子炉領域以外の撤去  2001~2020年(18.3年間)5.放射性廃棄物の短期処理 1998~2020年(23年間)6.原発廃止...
人間について

バネ・・・

バネは抑えれば抑えるほど、よく跳ねる。。でもバネの降伏応力の限界値を超えるほど抑えると破損する・・人間の心も同じではないかと思う酷い目に遭ったこと、屈辱感等々はバネの飛び上がる力のようになる・・と思うそのことは前に進むための力でもあると思う。幸い僕はいわゆる忍耐(バネの降伏応力に当たるようなもの)は強い方だと思っているだからその分飛び上がるための力も蓄えられてきたとも思ってもいるでもそのエネルギーは、決して「復讐」的なことのために使うのではなく、この身体でもその人に負けないくらい人の役に立つ人間になること・・そのことによってこそ、はじめて自分の心は癒されるぐのではないかと思う。僕が障害者になって以降、味わった様々な屈辱感・・あなたにはもう以前のパフォーマーンスはない等々とも言われた脳出血は貴方自身の健康管理の責任だとも・・果ては遺伝病の貴方の親の責任だとも・・そんな様々な言葉が障害そのものよりも僕の心を蝕んだような気がする。でもそこから逃げることでは決して自分の心は救われないと思っている表面的に無理に笑顔を振りまき、ポジティブシンキングなどと無理矢理自分の心にウソをついて表面的に前向き...
独り言

僕にとって幸せとは

決して経済的成功を収めたわけじゃあないけれど徐々に経済的困窮から抜け出しつつあるに過ぎないけれど経済的豊かさが見えるかもしれない、見え始めたときやっぱり気付いてしまった経済的豊かさを得ても、決して僕の障害の苦しみは無くならないことに・・周囲の無理解もなくならないことに日々感じる屈辱感がなくならないだろうことに気付きはじめた・・経済的成功や経済的豊かさが僕の苦しみを癒すことができないと知ったとき僕にとって経済的成功は目標でなくなり、その心のインセンティブもなくなる・・世の中アベノミクスの「経済成長」の掛け声の元に「経済成長」への期待感を持っている人も少なくはないのだろうでも僕は「経済成長」とういう言葉に今、何の魅力も感じていない。豊富な資産・財力それがどうしたっていうんだそんなものがあっても僕の障害の苦しみはどうにもならない「障害」という言葉は思い浮かばないけれど未だに朝起きるとすぐに立ち上がれない左半身に痺れと激痛を感じている正直、立ち上がる気力さえ失せてしまう・・無理して立ち上がると左腕は九の次に曲がり浮き上がってきて拳は握ったまま開かない・・自由が効かないそれを見るだけ哀しくなる切...
人間について

耐え難いこと・・

障害者となって・・人間にとって最も耐え難いことって何か分かってきたような気がするそれは僕がこの5年間、最も苦しんできた事でもある人は貧しさや、病の苦しさには耐えることができるけど屈辱にだけは耐え難いものだと思うのだそれが僕がこの5年間でもっとも感じてきたことのような気がするもちろん身体の不自由さや痛みや痺れも苦しい・・でもそれよりもなによりもこれほどたくさんの屈辱感を感じさせられた事はなかったように思う。そして、その事に最も苦しんできたようにも思うその意味で人間は心の生き物だとしみじみ思うだからこそ、最近が学校で問題になっているイジメは絶絶対にいけない・・なぜなら、イジメこそ相手に究極の屈辱感を味わせ心を傷付けるからだ人間は心を傷付けられる事が何よりも耐え難い事だという証拠にイジメを受けた子供は小学生でさえも自殺するのだと思うそして、その屈辱に耐え忍ぶために必要なことは自我を捨てること・・これが僕の一つの結論だつまり死は自我を捨てるための究極の選択でもあるわけだ死ねば自我は当然無くなる。でも生きて屈辱に耐え忍ぶにはいわゆる思い入れとかこだわりとか愛とかそういったものを限りなく捨て去るこ...