人間について

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感覚障害という世を感じれない辛い障害

僕の脳出血による障害は左半身の運動麻痺と感覚障害の二つである僕は身体が不自由であるという運動麻痺なんかより、感覚障害の方がはるかに辛いのだ感覚障害なんて、目には全く見えないから未経験の人には全く理解不能だろう感覚障害とは、僕の場合、いわゆる五感のうち、左半身の皮膚感覚や左半身の動きが認識できないというような障害である五感といえば、古来からの分類による5種類、すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚と言われているしかし、人間の感覚はもっとた多様なものを認識する感覚がある五感のうちの触覚(つまり肌で感じる感覚)だけでも、触覚(接触感)、痛覚、温度覚(冷感 温感)、圧力感 深部感覚(関節覚ともいう関節の動きや位置や角度感) それに位置感覚と距離感(肌と外部のものとの距離感)である人間には少なくともこえれだけの感覚があり、これらの感覚を状況に応じて駆使して自分の置かれている世の中を認識しているのだ。例えば手で熱いものに触ると、すぐに自動的に温度覚が働き、熱いと感じ、脳は火傷の危険えお予知し手をすぐに離せ!という運動命令して、熱いものから手を離させるのだでもこのとき決して痛覚が働くことはない。「痛み...
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人はあらゆる煩悩に苦しむ

煩悩とは、、強欲や快楽欲などのようなものだけではない永遠に続く平穏を願う気持ち或いはいつまでも健康でいたいという気持ちまた或いは、仕事上なら多分これで上手くいくだろうという期待家庭なら決して裕福で無くても平凡な家庭を願う気持ちそんな気持ちさえも煩悩であるそんな煩悩が人間を苦しめるなぜなら、永遠の健康も永遠の平穏もありえないし、正しい事をしたからその通りにうまくいくとは限らないから正しい事なんて、所詮人間にとって正しい事に過ぎないし、永遠の平穏や健康も、この世の中、諸行無常である限りあり得ない人はいつかは病気になり、死を迎えるこんな煩悩(心)を持っている限り人は永遠に苦しみ・苦悩から逃れる事はできない。という事なのだろうか、、
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一切皆苦

一切皆苦諸行無常諸法無我涅槃寂静釈迦の仏教はこのたった4つの言葉で言い表すことができ、この4つの言葉が柱になっているそうだ一切皆苦:すべてのものは皆思い通りにはならない。この世で生きることは本質的に苦だ!諸行無常:全てものは常にへんかしてゆく。生じては滅びるのが物事のさだめである諸法無我:すべてのものにおいて「私」とか「私のもの」とい実体は存在しない涅槃寂静:上述の3つ(一切皆苦、諸行無常、諸法無我)の真理を理解すれば、     絶対的心の平安を得ることができるというとだそうだ。この中で・・一切皆苦・・今、まさに僕は苦のど真ん中にいると思う。生きること自体が苦だと本当に思う            なぜ毎日毎日、これほどまでに苦しく辛いのだろう・・諸行無常・・僕は障害者になったことで多くの「モノ」を失った      そしてその喪失感に一時期かなり苦しんだ・・                        自分の会社の喪失      収入の喪失・・      そして・・      身体の機能の喪失      身体の機能の喪失には4年経った今も苦しい      でもどの喪失したモノも。そう言...
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新しい出会い・・

今日は久しぶりに新しい出会いがあった・・人との出会いというものは良いものだ・・人と出会っているときが一番生きている実感が沸くこのブログでは初めて書くけれど僕は脳出血で倒れる前には以下のサイトで刀剣(日本刀)の海外向けネット販売をやっていた。僕が倒れてリハビリでなんとか日常生活ができるうようになってからも友人の会社のはからいでWEBサーバーを借りて存続してくれていた2002年に立ち上げたサイトでもう10年になる。たぶん日本で海外向けに本格的な日本刀販売サイトを立ち上げた第一号だと思う海外の日本刀マニアにはかなり知られたサイトになっている今も時々注文が来ている昨年は超円高の影響でほとんど売れなかったけど昨年末安倍政権になってから為替が円安に向かい始めてから注文が入りはじめた。(価格が為替に連動するように作ってある)もうやめようかと考えていた時期もあるけど注文が入り始めると再び「野心?」が動き始め、もうちょい頑張ってみようという気になってきたそこで、以前(倒れる前)から気になっていた大阪の大手の日本刀販売会社に今日いきなり飛びこみで取引依頼をかけに行った(僕はこういう飛び込み営業が全然気にな...
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心の動きに呑み込まれないように・・・

僕の心は(誰でもそうだと思うけど)日々些細なことで揺れ動いている。でもその心の動きに自分が呑み込まれてはいけない特に怒り、憤り、悲しみ焦り・・といったマイナスの心の動きには特に注意が必要だ心は自分が潜在的に求める方向へと動くものだと思う貪りのを思えば、貪りの心が起こる憤りを思えば憤りの心が強くなる愚かなことを想えば、愚かな心が多くなる心は意識を向け多方向にエネルギーを増大させる性質があると思うだから、ネガティブな方向に心のエネルギーが向かうのに歯止めがからなくなる前にプラス方向に向かうための「きっかけ」を作ってやらなければならないこれは脳科学でも実証されているそうだ例えばスキーをするとき、一度滑った跡を滑ると楽だから、常にそこを滑るようになる。同じところを滑るから滑った跡は増々深くなり、そこから抜け出せなくなる都言ったような感じに脳の思考回路もどんどん同じところが深くなるそうだこれはいわゆる「中毒症状」のようなものだと言うこの脳に深い溝を掘った「中毒症状」から抜け出すにはその溝の近くに寄ってはいけないという寄るとまたその「溝」に陥り、その「溝」を走り出してしまい抜け出せなくなるからだだ...
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自分の心の拠り所は自分の心

人間の文明・・一昨年の東日本大震災により、人間の文明は人間を安楽にはできるけどだからといって人間の文明が世の苦しみを全て取りされるわけではないことを見せつけられたと思う所詮人間の文明なんて大自然の法則や力には役に立たないものがたくさんある。震災だってそうだ・・病気にしても同じ・・癌も一部は治癒できるものの末期になると手も足も出ない僕のような片麻痺だって同じいまのところ完治(完全回復)した事例はない人間の文明をこうしてよく観察してみると「文明の力」に頼った価値観で生きていくことは困難だと思うでは、人が生きていくうえで、何を生き甲斐に生きていけば良いのか・・・多くの宗教信者はなんらかの「神頼み」をするようだでも、「神頼み」で本当に救われるのだろうか例えば「善行」をすれば「神に?霊に?」救われるというような宗教も多々あるでもこれも大きな矛盾が生じると思うのだあの東日本大震災で亡くなった何万人もの人がすべて「善行」をしていなかったというのか?逆説的には全ての人が震災で死ななきゃならないほどの「悪行」をしていたというのかそれはおかしいのではないか亡くなった人の中には人のために一生懸命だった人(善...
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この世で最も残酷なのはこの世

自然とは残酷なものである・・さっきもテレビでやっていたけど石巻のある小学校の生徒のほとんどが津波に飲まれて死んだという・・想像するに残酷である・・3月上旬の冷たい水、、いや冷たい泥水を飲込み息ができなくなって、苦しんで、苦しんでもがき苦しんで、心の中では「お母さん、お父さん、助けて!」と叫んでいたかもしれない・・どう考えても残酷である。残酷過ぎる・・そうやって子供老若男女関係なく殺してしまうのだでもこの津波や地震いう残酷極まりない災害も大自然の摂理のひとつに過ぎないそして更に・・昔から思っているのだけれど命ある生き物は他の命を食さなければ生きていけない我々が毎日朝昼晩食べているのは、他でもない他の命の一部なのだ命は命を食さなければ生きてはいけないのだということはおのずと強い方の命が弱い方の命を食すことになるいわゆる弱肉強食であるこれも残酷な自然の摂理だこれだけでなく、人はいつか病になる、そして死を迎える。これだけは誰も逃れることはできないこれも自然の摂理であるにも関わらず、、、死にたくない、いつまでも健康でいたいという欲望を持っているそんな事があるわけないにも関わらず・・・・そんな自然...
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忍耐こそが心の勝利を招く

歯を食いしばれ!痛み、悔しさ、暑さ、寒さ、飢え、渇き、更には、ののしり、そしり、屈辱 、強要などあらゆる苦悩を耐え忍ぶのだ耐え忍ぶによって自分自身の心身を焼き滅ぼす自らの煩悩の火を燃えたたなくするのだ怨みや憎しみや怒りや悲しみとはときとともに大きくなり、ますます激しくなるそして人の心には作用と反作用がある怨みを抱くと自らも怨まれる、憎むと自らも憎まれるそこから憎しみの連鎖が始まる、恨みの連鎖が始まる 怨みや憎しみのに自らの心を囚われるなただひたすらに耐えよそれで、煩悩は消えてゆくただ耐え忍ぶだけではない人忍耐とは無抵抗を意味しない耐え忍び、且つ不服従を貫くのだそれは人からの罵り、そしり、屈辱、人への憎しみ、怨み、強要、そして、自らの病気に対しても、耐え忍び、不服従を貫き決して受け入れないそこから、心の勝利が生まれ、実質的勝利に繋がるのだこれこそが忍耐の末に得ることのできる勝利なのだ
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夢や希望に執着せずに無我夢中に・・

釈迦(ブッダ)の仏教を一通り読み終えた・・もちろんサンスクリット語ではない(無理だし・・)日本語訳本である・・(^_^;)でも今日は大きな成果を得た・・と思う確かに釈迦の仏教は他の宗教(大乗仏教も含む)と違い一切「神頼み(霊頼み)」する部分(善行すれば救われるとか)はない・・ただ、ただ自己鍛錬あるのみであるそして、僕なりの得たもの(悟り?)は僕の解釈では・・夢や希望に執着しないことそして夢や希望に執着せずに無我夢中にになることだ・・思うがままにならないことを思うがままにしようとして思うがままにならない・・その状況こそが人間の苦であるという人間には人それぞれそういう事(思うがままにしようとして思うがままにならない事)がってたくさんある経営者なら社員を思うがままにしようとして思うがままにならない売上を思うがままにしようとして思うがままにならない或いは個人なら恋人を妻を夫を思うがままにしようとして思うがままにならないそして愛する自分の子供を(愛するがゆえに)思うがままに(理想の子ども)しようとして思うがままにならない僕の場合、左半身を思うがままに動かそうとして思うがままにならない・・以前は思...
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一切皆苦か、、

一切皆苦か、、、思うようにしようとして、思うようにならない事考えてみればたくさんあるなぁ~もちろん思うようにならないこの左半身の動きと痛みと痺れそれ以外にも、、今やってる仕事で、思うように動かず、思うような出力が出ない設備、、思うように動いてくれないスタッフそれどころか思わぬ反発が出てきたりもする人間関係なんかは特に難しいと思う言ったつもりが聞いてきないと言われ思うように仕事が進まない別に完全に人をコントロールしようとなんてしているわけじゃないけれど思わぬ行動をされ、腹立ってしまう挙句、言い合いなってしまう思うようにならない事だらけだ。思うようにしようとして思うようにならないこが「苦」であるなら、確かにこの世は「苦で満ちていると思うこの世は一切皆苦、、確かにその通りだでも「苦」だと感じる根元は上手くいくはず、こうなって欲しいという期待があるから、、そもそも最初から上手くいくはずがないと考えていれば「苦」なんてないのではないか要は自分の心次第って事か怒っているとき、悲しいとき、苛立っているときの自分の心をよく観察してみると、確かに「こうなるはず」という勝手な思い込みがあるように思うそれが...