生きがいって何だろう。
半身麻痺の障害者となって一年、生きる意味について考えさせられた。
健常者のころに当たり前にできたことが何もできない。
お茶碗がもてない、だからお茶漬けも食べれない
自分で自分の爪切りさえできない
ボール遊びもできない。
ろくに歩けない 走れない
泳げない
運動をした後のすがすがしい気分にはなれない。
一生運動はできないだろう。
生きる楽しみなんて何もない。
それでも生きている。
唯一の生きがいは自分がまだ人の役に立てる人間であるかどうかである
最低限妻子の役に立つ人間でありたい。
世の中に役に立たないのであれば生きている意味がない
ということを痛感させられた一年である。
人間は社会的動物であることを痛いほど思い知らされた。
未だに生きている。不思議なものである。
今回の手術では本当に死を覚悟した
全身麻酔を受ける瞬間「覚悟」をき決めた
このまま意識が戻らないかも知れない
でも意識が戻った
本当は意識が戻りたくなかったのかも知れない。
こんな身体で生きていくのが嫌になっていた
疲れていた
意識が戻ってしまったから生きていくとするか。。
生きるということはなんでこんなに辛いだろう。
人間いつかは死ぬ
人間は何のために生きるのか
死ぬために生きるのか
辛い思いをして死ぬために生きるのか。
輪廻というものはあるのだろうか。
死ねば次に別のものに生まれ変わる?
虫に生まれ変わるかもしれない。また人間に生まれ変わるとは限らない。
すべての生き物は、死ねば何かに生まれ変わるとしたら、生きとし生けるものは皆同じ
まあ何はともあれ、生かされてしまっている限り生きてみよう。
どうせ生きるなら、自分以外の生命のために生きてみたい
他の役に立つということが喜びに感じるのは人間だけのものだろうか
だとしたらその業にしたがって、できるだけのことはしてみよう。
自分が喜びを感じることができるためにだ・・・
投稿者プロフィール
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京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年に、いつの日か個人事業主や企業経営者のコーチや個人のライフコーチとしてコーチングビジネスをするスタートする為、コーチング認定試験に合格し、認定コーチとなり、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定。
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」です。