人間について

天国も地獄も自分の心の中にある

喜びも悲しみも人間の心の問題であると最近思う。悲しいと思うことも、辛い思うことも所詮は自分の心の持ち方だと障害を負ってから本当に気づいた。肉体的痛み苦痛さえも心の持ち方で癒えることに気づいた。障害を負ってしまい、以前のような体力自慢の自分でなくなった(たぶん2008年11月20日以前の私は死んだ)ことは、とてもかなしいけど、心の持ち方によって、悲しみも憎しみも、恐怖も肉体的苦痛さえ癒やすことができることを悟れたことは感謝です。たぶん障害を負っていなっかったら、気づかなかったでしょう。きっと今でも親会社に振り回され、些細な?ことで怒り、悲しみ、憤りを感じ、自分の会社の将来に恐怖を感じていたことでしょう。まもなく息子の大手術ですが、そのことに対して、今の私に悲しみや心苦しみは限りなく少ない。何があってもそれ息子の運命である、生命力の結果だ。と思え、息子の生命力を信じることができるようになっている。天国も地獄もあの世にあるのではない。自分の心の中にある
人間について

捉われない心

捉われない心人はともすると心が捉われてしまう悲しみに捉われ怒りに捉われ憎しみに捉われ心が動かなくなってしまうそうなってしまうと何も出来なくなってしまう心が前に向かないからだ。捉われない心にどうすれば良いのだろうやはり「空」を目指していかなければならないのだろう。
人間について

喪失から新たな創出が生まれる

僕は脳出血で実は「死んだ」のである。 今ここにいる私は以前の私でもない 「生まれ変わり」でもない 諸行無常・・ 物もいつかは壊れる。人間いつかは死を迎える 日々何もかも変化している。この世に永遠に続くものなどない 星ももこの地球もいつかは消滅するのだ。 しかし、人は現在の「ごく普通の幸せ」が永遠に続くものとどこかで思っている 世の中の万物いつかは壊れ、消滅していく 人間もいつかは必ず死を迎える 人はそれが怖い、「自分」が永遠でありたい。なにもかも永遠であってほしい そこから、宗教が生まれたのであろう。「神」の存在を信じたいことから生まれたであろうと思うに至った キリスト教や、イスラム教は死んでも、「神の世界に召される」ことで苦しい世の中での「死」や「消滅」の恐怖から逃れたい心理から生まれたのではないかと思う 仏教の「輪廻転生」の教えは釈迦が、 「永遠でありたい」と言う気持ちから考え出したのではないかと思う。 つまり、死を迎えても魂は残り別の何かに生まれ変わるんだと信じることで、肉体は滅んでも魂だけは残り、別の生き物に宿るということで、釈迦は「永遠」を信じようしたのではないだろうか。 で...
人間の生き方

人間にとって死ぬことより怖いこと

人は死を恐れます。宗教なども全て死への畏れが根源にあると思う人間にとって死ぬことより怖いことそれは孤独だと悟りました。これは僕の心が弱いだけかも知れませんが去年、半身麻痺の障害を負って、病院からら初めて自宅に戻ったとき私は50mほどしか歩けませんでした。自宅では昼間ソファーに座っていました。自力でどこかへ行くことができませんでした。左半身には猛烈な痺れ・・家内と息子が外出したときでした。突然強烈な孤独感に襲われました。自力ではどこにも行けない。。この孤独感はたぶん味わった人にしか理解できないでしょう。孤独感のもう1つの原因は、自分が何の役にも立たない人間になってしまったという思いでした。「放置されている感」というのが正しい表現でしょう。これは辛かった心の生き地獄のようでした。生まれて初めて死んだほうがマシだ・・と本当に・本当に、本当に思いました「無理やり現代医学に生かされているだけ」と言う感じでした。人間にとって孤独ほど恐ろしいものはありません。誰ともコミュニケーションが取れない・・これは恐怖です。喧嘩さえも、、喧嘩できる喜びであり、生きている実感になります。孤独は喧嘩さえも許してくれ...
独り言

健常者だったころの自分の夢はいやだ

昨夜も自分が健常者だったころの夢を見た。。。海を泳いでいた。全身動いているドルフィンキックで潜る朝、目が覚めた左半身がやっぱり動かない。ドルフィンキックなんてやっぱりできないこの瞬間が一番キライだ!!!気持ちを持ち直すまでに時間がかかる。。
人間について

人間の本質と人間の魅力。そして幸福について

義を見て為さざるは勇無き也り・・・武士道武士道精神は損得勘定をとらない。むしろ足らざることを誇りにする。才能とは自分自身を、自分の力を信じることであるやり甲斐、働き甲斐はやってみてはじめて出てくるやりもしない、働きもしないでどうしてそのような喜びを得られるだろうか生きがいにしてもそうだ精一杯生きる努力をしてはじめて生きる喜びを知るのだチャレンジして失敗を怖れるよりも何もしないことを怖れろこの地上に棲むあらゆる生き物のうちで人間だけが自分自身の生き方、あり方を変えられる人間のみが、自分の運命を築くことができる行動はいつも幸せをもたらすものではないが行動なくしては幸せはない幸福とは、旅の目的地のことではなく旅のしかたのことである自分の心の弱さ以外には越えられない障害など存在しない日本人は桜を好み西洋人は薔薇を好む桜:美しく散るもの薔薇:花弁を残して枯れるもの
最新環境技術

日本のプライド

今、中国に進出した日系企業の工場でストが頻発しているという。もう、中国は世界の工場ではなくなるだろう。日本人の工場の職人さんには、プライドがある。このプライドは、武士道に近いものがあり、日本人の根底に流れている文化だと思う。プライドでモノ作りをしている限り、日本の技術力は世界に勝てる。拝金主義が蔓延しつつある中国では本当に優れた技術はできないであろう安い労働力を求めて、中国などの途上国に工場移転をするのはもう止めようではないか。日本国内で、本当に優秀な技術開発をすれば、コストは関係なくなる。日本は勝てる。ただ、内向き志向はいけない。国内で作った製品・技術で自ら海外へ打って出ようではないか。
リハビリ麻痺改善経過

麻痺改善経過

天候:晴れ時々曇り今日は昨日までより痺れはマシ・・だから楽だ・・しかしなぜだ・・楽になった原因が知りたい全く分からない。僕の場合、運動麻痺よりも感覚障害(異常感覚と感覚鈍麻)を克服するのが先決だ今日も右手に綿棒を持ち、目をつむって、綿棒で麻痺した左手の指を触ってどの指を触ったか当てるのだこの訓練をずっとひとりでやる、この方法でよいのだろうか正しい感覚を認知するの脳細胞はいつ構築されるのだろうか少し歩いてみた。あまり変わらない。左足は相変わらず鉛のように重く、バランスが悪い。もう1年繰り返している。。とにかくネバーギブアップだ。。
人間について

人間の脳の無限の可能性

人間の脳細胞の組織は米粒程度の大きさの中に10万個のニューロンとx200万本の軸索と100億個のシナプスのオン・オフ機能と相互のコミュニケーションで判断しており、その順列・組み合わせの数は 論理tr期には全宇宙素粒子量より多いというその順れる組み合わせ=全宇宙素粒子量より多いという論文を読んだことがあるということは、人間の脳の方がスパコンよりも情報処理能力があるのではないかある意味人間の直感の方が正しい判断である場合が多々あるのではないか人間の脳には無限の可能性があるのではないか
独り言

弱き心

苦境がくると。家族の絆は強まるとい言われしも、家族の支援を期待もできず、つらい痺れを耐えつつも未だ我大黒柱と歯を食い縛り頑張るが、未だ働く気ない妻に憤る我もまだ弱き心かな。。弱い者ほど相手を許すことができない許すということは、強さの証だマハトマ・ガンジー