Challenged People


今、東京から帰ってきた・・

さすがにこの身体で2泊の上京は疲れ切った・・

何が疲れるかって

身体の環境適応能力が極度になくなっていることだ・・

例えば、ホテルの部屋ひとつでも

健常者のときなら、自宅と違う

間取りやベッドの高さやユニットバスの大きさや

浴槽の高さや深さでも何ともなかった

それで当たり前のことだった

でも今は違うちょっと高さが違うだけで

、足はその高さまで「自然に」上がらない

だから躓き、転倒しそうになる・・左半身感覚がないから

いちいち目で確認しながら

どこまで足を上げれば良いか

確認しないと上がることができない

外出先では一事が万事この調子だから

ひどく疲れる・・

それでも今回は再生可能エネルギー

水の浄化技術の輸出ビジネスをいっしょにやって頂ける

パートナーと実のある打合せができたから

今は充実した気分ではある・・

そのパートナーは米国のユタ州の法人を設立しており

その法人を利用してじ事業を展開することになった

日本での法人設立も完了した。

こんなか身体でよくここまで持ってこれたものだと

我ながら感心している

この2日間のあいだに

そのパートナーと話したことで

ひとつ面白い事を聞いた

それは

現在,
欧米では

身体障害者のことをPhysicalHandicapとは言わないそうだ

何というか・・

今はChallenged Peopleとか

Physically challenged

と言うそうだ

その意味は・・

”障害を持つ人々は神から“困難を克服することができる”と

選ばれて試練を課された人々

であり、

そういう意味で

「挑戦された者たち」

と呼ぶのだそうだ。

うーんなるほどと思った

考え方がすごく前向きだ 面白い

Handicap(ハンディキャップ)と言うと

確かに、いかにもネガティブなイメージであり

「辛い」とか「悲しい」といった印象が否めない

でもチャレンジなら「乗り越える」という感がある

さすがは狩猟民族だ

何事も受け身でない

以前にも書いたけど

日本では「障害受容」という言葉があるが

僕は障害は「受け入れる」ものではなく

「乗り越える」ものだと今は思っている

なぜなら「受け入れる」ということは「諦め」に近いと思うからだ

だから、医師が障害を負った人に「障害受容」をさせようとするのは

僕は間違っていると思う

乗り越えなきゃいけない

だからチャレンジでいいのだ

呼び方ひとつで気持ちも変わる

気持ちが変われば、強くもなれる

日本でも「障害者」という呼び方を

もうそろそろ変えてみても良いのではないだろうか

もちろん昔のような「カタワ」なんて論外だけど・・

Challenged People

と呼ばれて

「困難を克服することができる」と

選ばれたというのなら

じゃあチャレンジするか!

って気にもなるし・・

投稿者プロフィール

代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年に、いつの日か個人事業主や企業経営者のコーチや個人のライフコーチとしてコーチングビジネスをするスタートする為、コーチング認定試験に合格し、認定コーチとなり、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定。
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」です。
タイトルとURLをコピーしました