人間について

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心は時には折れるもの・・それでいいじゃない

ほんの小さなことでも、よくないことが重なると気持ちのリセットがきかず気持ちが折れやすくなると思うほんの小さなことでも、よくないことが重なると気持ちのリセットがきかず、気持ちが折れやすくなるものだ普通なら自分で抑えきれるはずのことでも連続して起きてしまうと、自分を見失ってしまう僕の場合、障害という僕にとって「よくないこと」が毎日連続して起こっているのだ人間、誰しも心はときに「折れる」もの・・そう認識するだけで、心か軽くなる気がする僕はなぜか「寝起き」が調子が悪い・・理由は分からないとにかく午前中は痺れが酷く辛い・・また、昼寝なんかしても痺れが酷く辛いそれゆえ、午前中は特にが折れやすい僕なりの理解は・・損傷した脳が「寝起き」に活動し始めるでも「損傷」しているがゆえに活動しようとすると「脳が痛む」のではないかと考えているあたかも足の傷口が治りかかっているときに動かすと痛むように・・脳が休んだ状態から活動しようとしてうまく活動できずに「痛む」のではないかとそれが原因で痺れ(というかとも言えない不快感)が左半身を覆い尽くすのだこうなるとどうやっても心の立て直しが効かない寝起きから連続して身体に起...
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僕が生きるための心の支えと気持ちの張り・・人とのつながりと人との約束

今日僕は僕が生きるための生きる意味というか「生きがい」のための気持ちの張りを支えるものが何かはっきりと認識した・・それはやっぱり「人とのつながり」だったいわゆる「絆」に近いものだと思う僕は「人とのつながり」のために生きているそして「人とのつながり」があるからこそ気持ちの張りがあり、苦しい障害を背負っていても生きていられると思った僕は今 いわゆる「ひとり暮らし」である人間「ひとり暮らし」になると気持ちに張りはなくなりやすい特に男はそうだと思う・・(女性のことは分からないけれど少なくとも僕が男だから)妻に先立たれ一人やもめになった男性が早死するというのもわかるひとりはいけない・・ひとりでも外に「人とのつながり」をつくらなければいけない健常者でも(僕が健常者の頃でも)独身で「ひとり暮らし」ときでも「外に人とのつながりがない日」は生活がグタグタになってしったものだ何をするのも億劫になる朝起きるのも遅くなるそして何もかもが怠惰な生活になるものだそして「意欲」を失っていく・・ましてや、今の僕は左半身が鉛のように重く、痺れている「何か(義務的なもの)」がなければとてもベッドから起き上がる気になれない...
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やっぱり無私になりたい

やっぱり無私無欲であることは最強だと思う無私・・それは自我をなくすこと 自我は煩悩の元煩悩をなくすこと健常者に戻りたいという自我(煩悩)がなければどんなに生きるのが楽であろう自我があるから憎しみが生まれる障害に対する怒りも生まれる障害に対する悲しみも生まれるインドの苦行僧は痛みさえも自我を無くすことで消えると信じて修業しているという痛みさえも煩悩のせいだという僕は脳卒中の後遺症の経験から痛みは「脳が作り出すもの」だということを実感しているだとしたらインドの苦行僧の痛みさえも自我を無くすことで消えるというのは正しいと思う自我を無くすことができれば怒りや悲しみや憎しみなどの「心の痛み」はもちろんのことこの肉体的な痛みや苦しみさえも和らぐのであればそして苦しまずに済む人を憎まずに済む怒らずに済む悲しまずに済むそしてすべての物事を私心なく大局的に見ることができるようになれるならば僕は自我を無くしたいそのためにも「無私」を心掛けたい生身の人間である限り無理なことはわかっているけれど・
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不確実な世の中で根拠のない希望を持つのが人間、いや不確実だからこそ希望が持てる

この世の中、不確実性に満ちている不確実性に満ちているから希望が持てないという人もいるけれど僕は違う、逆だと思う明日、交通事故で死ぬかもしれないそんなこと誰にも分からないでもほとんどの人間は(いや全ての人間かも知れない)明日も生きていると信じている明日も生きているという「希望」を持っているそこには何の根拠もないなのに明日も生きているという希望を持っている不確実だから希望が持てないのではない根拠がないから希望が持てないのでもない結婚なんてその最たるものではないか結婚するときほとんどの男女は自分たちは幸せになれると信じているそこには何の根拠もないただ信じているだけ・・ではないだろうか逆に未来が決まっていたとしたらその方が希望なんて持てないのではないか不確実だからこそ、希望が持てるニュートンにしてもアインシュタインにしても、物理の理論は未来はすべて決まっていることになっていますもし本当にそうだとしたら人生なんてつまらないと思う僕は障害者になってしまったけれど10年後も障害者だとは誰も確定できないはず・・もしかしたら、5年後に革命的なリハビリ手法が開発されるかもしれないこの世の中が不確実だからこ...
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前向きな心に根拠など必要ない

前向きな心に根拠など必要ないなぜなら根拠のある希望なんてこの世の中にほんとんどないのだから重要なのは根拠なき前向きな心その前向きな心から知恵が生まれるそしてその知恵から夢の実現が叶うのだと思うネガティブな心からは知恵は生まれない「やれる」と信じることが重要その気持ちから知恵が湧く「やれない」と思ったらそこで終わり永遠にやれない簡単に言うと諦めない心、誰が何と言おうと・・
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負けてたまるか

負けてたまるか負けてたまるか負けてたまるかただそれだけ・・この身体で生き延びてやる健常者に負けてたまるかただそれだけ・・負けてたまるか・・この気持ちがなくなったら僕はもう終わり志も健常者に負けないくらい高い志に挑む・・だから負けてたまるか・・痛みにも・・不自由さにも・・
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痛みと痺れさえなければ・・

半身麻痺は辛いけれど・・もう運動麻痺は(もちろん当初はショックだったけど)大したことはない片手・片足しか使えないくらいのことは工夫でなんとか乗り切れるでも・・痛みと痺れだけはどうにもかなわん痛みと痺れに襲われると・・何もかもイヤになってくる生きているのさえも・・痛みはまず左足の先からやってくる・・そして顏まで広がったときには気が変になりそうだ・・もちろん気持ちまでネガティヴになる・本当に何もかもイヤになってくるそれでも堪えて生きなければならない仕事もしなければならないかなわん・・(>_<)
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4年の歳月は長い

回復を諦めない・・発症当初はそう思っていた・・しかし、発症からもうまもなく4年が経とうとしているリハビリ病院を退院してからというもの、大きな回復の兆しもなし4年という歳月は心のテンションを維持するには長すぎるほんの少しでも良いから回復の兆しが見えてほしい4年も経つと心のどこかで諦めている部分があると思う(理性では)諦めてはいけないと分かっているけれど・・4年間プラトー(停滞)な状態はさすがにツライ・・心のどこかでもうこの障害を一生背負っていこうという覚悟を決めている部分がある自分がいる・・悔しいけれど・・負けたくないけれど・・後遺症って・・ある脳外科医が僕に言った言葉が忘れられない・・「治らないから後遺症と言うんですよ」・・この言葉、辛かった・・後遺症は過去にはならないものなのだろうか
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心の作用で痛みも乗り越えられる!

僕が感じている激痛と痺れ・・これに耐えられないのは心が弱いから・・こういうと短絡的な精神論のように聞こえるけれど僕は脳=心(つまり魂)と信じているそして脳死=心(つまり魂)の消滅だとも信じているこれを言うと宗教関係者やスピリチュアル系を信じている人からも反発されることも分かっているでも事実そうなのだからしょうがない痛みは脳で感じているのだつまり心(つまり魂)が感じているのだ。だとしたら心を鍛えることで痛みは絶対に乗り越えられるそして心を前向きにすることでも痛みは絶対に乗り越えられると思っている事実、戦場では以下のような事例もある-------------------------------------------------------------------------------------第二次世界大戦で、アメリカ軍がイタリアに上陸したときのことだ。7Oパーセントの兵士が重傷を負っていたにもかかわらず、痛みを感じず、鎮痛剤を要求しなかったという。戦場で負傷した兵士たちが痛みを感じず、戦いつづけることはよくあることらしい。まるで脳(心・魂)が戦っている兵士たちに、「ともかく安全な場...
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神戸ポートタワー

今日は夕方からの仕事までに時間があったので、脳出血で倒れる前に購入してまだほとんど使っていなかった16mmの一眼レフ用の超広角レンズを持って神戸ポートアイランドまでいそいそと足を引きずりながら何か撮影できないか観に行った。目の前にポートタワーがあった。。広角レンズに持ってこいの被写体だ広角レンズんなので左手が使えなくても、右手だけで多少カメラが震えても手ブレはないで撮影してみたさすがは「寄り」の超広角!真下からでも結構上手く撮れた。これなら片麻痺でも撮影できるじゃんまた被写体を探そうっと・・やっぱり広角だから背の高い被写体がいいな・・背の高い女性を下から・・?いかんいかん!・・それは!(僕は「しゃがむ」事ができないから大丈夫!笑)冗談はさておき小さな楽しみが一つ増えたかな・・