人間について

人間について

行政改革焼や規制緩和がなぜ進まないのか

僕が政治のことを書くのは初めてだけどもうすぐ総選挙だから思っていることを書こうと思う今回の総選挙の争点は景気対策・・どの党も政策がようわからん消費税・・なんか消費税増税を決めた民主党と自民党を第三極は悪者扱いしてるけど     それに代わる財政再建策は見えない原発廃止・・どの党も謳っているけど具体策が見えない      (この点に関しては僕には前に書いた記事のような具体案があるんだけど。。)あと僕が一番きになるのは「行政改革」と「規制緩和」の文字が一つもでていないこと僕は景気対策も財政再建も僕は「行政改革」と「規制緩和」なしには実現できないと思っているいや実現不可能だと思うそれを実行していたの小泉政権だ。。。小泉政権を批判する性っ力は多いけれど僕は不思議に思っている小泉改革が地方経済を疲弊させ「格差」を大きくさせた??なんでよく言われるのは地方交付税が減額されたからという・・それはおかしい・・地方交付税が減額されたのは税源移譲されたからだ・たとえそれによって地方の行政の財政が苦しくなってもだからといって地方の民間企業の活力がなくなることとは関係ないではないかだって、県庁や市役所に使うお...
人間について

自分の本当の気持ちが自分でも分からなくなるときがある・・

わけもなく怒りに満ち溢れてしまう、悲しくなり涙があふれでてくる優しくしたいのに怒ってしまう。意味不明な行動をしてしまう半身不随などという自分ではどうにも打破できないつらい状況になると自分の感情と行動の整合性、が取れなくなり、さらなる不安が僕を翻弄することがある。そんなとき自分の感情を探ることは、潜在的な僕の気持ちを知ることになると思うその感情が何ものだかわからないままにしておくのではなく辛いときにこそ、自分は怖がっているのか、悔しいのか、憎んでいるのか、嫉妬しているのか・・と、自分を追及するべきだと思っている心の奥底に潜む自分の本当の感情を見つけ出したい正直、僕は今でも僕は自分の本当の気持ちが分からなくなるときがある・・
人間について

ダメなときほど理由がたくさんある

本当に苦しいとき・・・誰かかが僕にアドバイスをくれたとき、まず言い訳を思いつく自分には気をつけようと思う「でも」「だって」「そうは言っても」・・僕のことを考えてくれる大切な人からアドバイスをもらっても、否定的なことしか返せないときがある「それは○○だからダメ」といった「できない理由(言い訳)」だけが、評論家のように出てくる・・そんなときには気をつけようと思う。他の誰かにだけでなく、自分自身にもできない理由を説明して、僕の発言にダメが多くなっているようだったら、立ち止まって考えてみようと思う。それでもそんなときは・・「だって仕方ない。どうにもならないこともあるんだ」という僕の心の声が聞こえてきそうだ。僕ははこれからもずっと「仕方ない」と諦め続けていくのか!?私は、そんな人生はイヤだと思っているはずだ一生そんなこと言い続けていたら、誰かがが喜ぶだろうか。いつまで自分に言い訳を続けるつもりなのだ。。僕は・・僕が苦しいとき、何か(誰か)のせいにしてしまい、僕の心が言い訳がいっぱいになったときには、「今の自分がダメなのだ」と喝を入れることにしよう。大切な人は僕にやれない理由を聞くためにアドバイス...
人間について

人間の過ち

どんな過ちでも、この世で取り返しのつかぬことはない人聞はみな弱点を持っている誰にも過失はある、幾度も過を犯し幾十度も愚かな失敗をして、そのたびに少しずつ、本当に生きることは何かを知るのだそれが人間の持って生れた運命だ
人間について

強制的に価値観を変換させられるということ・・

僕は半身不随になったことで半ば強制的に価値観を変換させられたというか、それまで持っていた価値観を捨てさせられた。ここで言う価値観とは人が皆大なり小なり持っている自分が自分であるための誇りとかプライドのようなものだ人には誰しも大なり小なり人に自慢できる自慢しなくても、「こういう事が好きである」とか「こういうことができる」という「自分らしさ」を持っていると思う僕それが水泳であり、スキューバダイビングであり多少なりとも人より体力があり、少々のことではバテないとか或いはアウトドアスポーツが好きであるというような、今考えるとどうでもいいような事だったと思うでも当時(倒れる前)は僕にとってかなり大切なプライドであり「誇り」のようなものだったらしい「らしい」というのはそれらすべてができなくなって初めて気が付いたからだ今考えると(生きるたために)どうでもいいような事だけどこのような自分の誇りとかプライドを失わさせられるという事は「あるべき自分」が死んでしまったような強烈な苦しみだった「自分が自分である」ことができなくなってしまうということは本当に辛いものだ例えば他にも僕は「父親」でもあったから息子(男...
人間について

それぞれの紅葉・・それぞれの輝き

今日、京都の東福寺のもみじの撮影に行ってきた。昔独身の頃(約25年前)JR東福寺駅から1分ほどのワンルームマンションに住んでいたけど当時は東福寺のもみじなんて全く知らなかったし、興味もなかったでも 半身麻痺によって僕のほとんどの趣味・・・観光などには全く無関心で基本的に身体を動かす事が好きで水泳やスキューバダイビング、ウィンドサーフィンなどが趣味だった・・それら全てが全くできなくなった今の僕は写真撮影くらいしかできないそれで電車のつり広告の「東福寺のもみじ」というキャッチフレーズをみて懐かしさもあり、行ってみようと思い立ったJR東福寺駅はJR京都駅からJR奈良線に乗ってったった一駅JR奈良線が単線のローカル線だし、JR東福寺駅自体も小さな駅だからいつも電車は閑散としていたことしか覚えていないでも今日は違ったJR奈良線のホームんの手前から駅員さんが拡声器で人員整理をしている様子イヤな予感・・予感は的中した・・既にホームに来ていた電車に乗る乗客を駅員が外から押し込んでいたもちろん電車の中は寿司詰め状態・・僕の半身麻痺の身体では無理!と思ってその電車は諦めて次の電車を待つことにしたでも、もと...
人間について

神想定謙虚論・・

僕は脳卒中になって以降、脳のことをいろいろ勉強した見た結果神や霊(ご先祖の霊)とかの存在を一切信じなくなった・なぜなら(自分の実体験からも)死は「無」であると確信しているからだそして神とか霊をが見えるというのは「脳の側頭葉のイタズラ(幻想或いは幻覚)」に過ぎない事も分かってきた。たぶん死を、あるいは死=無に帰するということが受け入れられない人間が作ったファンタジーに過ぎないでも反面僕は神や霊(ご先祖の霊)を信じるのは悪いことだとは思っていない。(逆に良い事ではないかと思っている・・)実際にほとんどの人間は信じている。だから寺があり、神社がある。 そして墓があるなぜ神や霊(ご先祖の霊)を信じるのはよいのかというと「神想定謙虚論」という言葉に出会ったときからだったそれまで存在もしない神や霊(ご先祖の霊)とかを信じるのは馬鹿らしいと思っていたでも「神想定謙虚論」というのは 神とかの存在を信じることは自分を見ている「神」の目という第三者の目によって常に行動を見られていることを意識することになる。だから謙虚になるというらしいなるほど・・と納得しただから僕は神や霊(ご先祖の霊)とかの存在は信じない...
人間について

人の「本性」なんて・・

僕の家内はよく、人間はイザというとき(危機のとき)に人間はその本性が出る・・と言っているけど・・・今やっているNHKの朝ドラでも主人公の恋人?の愛(いとし)君は人の顔を見るとその本性が見えるよいう設定だけど僕はそもそも人には絶対的な「本性」などというものは無いのではないかと思っている西洋では人間は性悪説だと聞くキリスト教がそうらしいだから生まれてきた人間の子供は元々「悪」だから洗礼を受けるという(あまりキリスト教に詳しくないのでよく分からないけれど・・)僕が思うに・・人間は本当に苦しいとき「本性」なんかが出るのではなく心の葛藤の中に居るのだと思う心の葛藤の結果、その人にとっての「ギリギリの選択」をするだけではないだろうかそれが結果として、裏切り行為になってしまったり、人の心を傷つける暴言になったり、果ては殺人に至ったりするのではないだろうか最悪の行動である殺人にしてもその前には葛藤の連続でありその人の育ってきた経緯や経験などが相まって「その人にとって」それ以上の選択の余地がなかっただけではないだろうか僕だって半身麻痺の障害を負ってからこの4年間、何度死のうと思ったか数知れないでも今は生...
人間について

人間って心の生き物だな・・

昨日「気持悪い」って言われてから若造ごときの言動に気にしていないつもりだった・・でも、どうやら僕の心のどこかに傷を負っているようで今朝どうしても起き上がる気力が出ず、頭の中にときおり「気持悪い人間・・・」という言葉がよぎるその言葉がよぎるだけで、ただでさえ麻痺して重い身体に力が入らなくなり、今頃まで寝込んでいた・・たぶんこの麻痺した足では、走り寄って言い返すことさえできなかった自分がどこかで情けないのかも知れないもう14時だ・・あかん あかんこんな自分を客観的に観察するにつけ人間って心の生き物だな・・とつくづく思う人間って身体に傷を負っても心にさえ傷がなくしっかりしていれば気力で身体を動かせるけど身体に何も傷なくても心フが弱くなると身体が動かない・・「気持悪い」・・たったこれだけの言葉なのに自分が傷付いている。。自分が弱いなって思う不思議なものだ・・人間ってやっぱり心が全てって感じがする
人間について

忍耐の徳・・

生きてゆくには辛抱づよい努力と忍耐が必要だしかもその道は険しく遠い・・思わぬ災厄や病苦にもみまわれるだろう許せぬ仕打ちにも会うこともあるだろうしかしその災厄や病苦や仕打ちに耐え抜いたあとに見える未来があなにかあるはずだそう思って何事にも耐え抜こう