人間について

人間について

言葉・・

他の人間にはお笑いぐさでも、僕にとっちゃ生き死ににかかわる問題かもしれない言葉だってあるんだよ
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人間はそこまで愚かになるのだろうか?

昨夜、久しぶりにDVDであの有名な映画「猿の惑星」(1968年作のあのチャールトンヘストン主演版)を観た。もう何年ぶりであろうあのラストの衝撃のシーン・・何度も観て知っていたけどあらためて観ると、いや今観ても本当に衝撃のシーンだった今観ても色褪せない名作だと思う確かにCGなどのなかった時代でありPCなども無かった時代なのでちょっと違和感のある部分はあったけど、脚本は見事だった。最近のストーリーを疎かにしたCGや特撮を売り物にした(安っぽい)映画とは一味違うと思った昔の映画の方が撮影技術が劣る分、脚本がしっかりしているのだろう終盤の人間と猿のやりとり・・テイラー(人間:チャールトンヘストン):「人間は君らよる優れている」ザイラス博士(猿):「それなら、なぜ人間は滅びてしまったのか?」そして、「人間は慰みや欲望のため、その土地を奪うために同胞を殺す」などとザイラス博士(猿)に言われてしまったときには、すっかり猿側に感情移入してしまったところに最後のラストシーンテイラー(人間:チャールトンヘストン)が砂浜に埋もれた自由の女神を見上げながら・・「ここは地球だったんだ!」「戻って来ていたんだ!」...
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生きている限り・・

人間、生きている限り・・この世で経験することはなに一つ空しいものはない歓びも悲しみも苦しみも、そして不運さえも、みんな僕によく生きることを生きるということは何かを教えてくれる。大切なのはそれを活かすことだけわかっているけれど・・でも、それが一番難しい・・
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僕の左手よ・・

僕は左半身麻痺・・そして僕は運悪く左効きだった・・字を書いたり箸を使ったりのするのは、幼い頃に親に利き手交換させられたので食事をしたり、文字を書くのはそんなに問題ないけれどでもボールを投げたり、力仕事は全て左手だったある意味自慢の左手だった水泳にしても水をかき推進力を出す役割は左手だった学生の頃鍛え上げた左手・・それが今はお茶碗さえ持つことができない・・左手を見つめると・・何の傷のない何の怪我もない骨折もしているわけでもないなのに動かないこれを考えると辛くなる老い筋肉が衰えるのとはわけが違う・全く使えないのだ茶碗さえ持つことができない脳卒中って残酷だな・・もう4年経つけど・・慣れるなんてあり得ない心はいつも悲しい・・
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虫のいいこと

人間はとかく虫のいいことを考えがちである。別に虫のいいことを考えるのがいけないというのではないが、虫のいいことを考えるためには、それ相応の心がまえが必要だ。なぜなら虫のいいことには必ず落とし穴があるからだだから常識的によく見きわめて、これに順応する心がまえを持ったうえならば、どんなに虫のいいことを考えてもかまわないけれど、いたずらに楽しよう虫のいいことを考えているならばやがてはどこかでつまずく。つまずいてもかまわないというのなら何もいうことはないけれど、人はとかく、つまずいたその原因を、他人に押し付けて自分も他人も不愉快になる場合が多いから、やはり虫のいいことは、なるべく考えないほうがいい思う虫のいいことを考えて、つまずいたとき最も傷付くの自分本人なのだから・・
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試練・逆境は尊い

苦労とか試練とか逆境は人間にとって尊い・・・なんて昔聞いたけれど当時はなんのこっちゃ・・なんて思っていた苦労は買ってでもしろ・・・?なんて言う言葉も聞いていたけれど「苦労なんてあえてするものではない!」「人生は順調で順風万満帆に越した事ははない」などと思っていた。それは当時の僕の正直な気持ちだった。でも自分が脳出血により、半身不随の障害者になり自分の会社は潰してしまい、自分自身も破産・・こんな思いもよらない困難に会ってしまうと正直苦しかった苦しくて、苦しくて、悔しくてなんで僕がこんな目に・・とばかり思っていた。逆境なんて辛いだけだ。と感じていた時期もあるでも今は違う4年という歳月が過ぎてみると自分がいつのまにか以前の僕より一回りも二回りも大きくなっていることに気付いたそれは苦しいから、考えるからだ生きる意味とか人間とは何かを考えざる得ないそんな過程から教えられたことはとても多いと思う障害者の苦しみも知った以前の自分がどんなに甘っちょろい人間だったかということも教えられた。本当に、本当にここには書き切れないほどの人間というものはどういうものかまたは世間というものがどういうものか障害者にな...
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天国からのビデオレター

なんとなくネットを見ていたら、見つけた泣ける話・・生きるということ死というもの悲しさと親の愛情を感じ思わず涙してしまった話です「天国からのビデオレター」です結構有名なお話みたいですね。・・天国からのビデオレター・・サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが、最期のときを悟ってパパを枕元に呼んだ。その時、サキちゃんはまだ2歳。「あなた、サキのためにビデオを3本残します。 このビデオの1本目は、サキの3歳の誕生日に。 2本目は小学校の入学式に。 そして3本目は…○○○の日に見せてあげてください」まもなく、サキちゃんのママは天国へと旅立った。そして、サキちゃんの3歳の誕生日。1本目のビデオがかけられた。(ビデオからつないだテレビ画面に、病室のママが映し出される)「サキちゃん、お誕生日おめでとう。ママ、うれしいなぁ。 でもママはね、テレビの中に引っ越したの。 だから、こうやってしか会えない。 パパの言うことをよく聞いて、おりこうさんでいてね。           だったら、ママ、また会いに来ます。」サキちゃんの小学校入学の日。2本目のビデオ。「サキちゃん、大きくなったネ。おめでとう……。 ママ、...
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他人事、、ではなかったんだ

人間って、人の不幸はどこかで他人事って思いがち、、僕自身、そうだった健常者のとき、障害者の人を見かけても「かわいそだな、大変だろうな」とは思うけど、心のどこかで、自分には起こらない事だと思っていたと思ういや、起こるか知れないけど、確率は低いと思っていた。そして、起こるとしても、ずーっと先の事、だから今、真剣に悩んだって仕方がないいや、そう思いたかったのかもしれないでも、こうやってある日突然、障害者になってしまうと、人間誰しもいつか必ず、死を覚悟しなきゃいけない大病を患うものだとあらためて思うなぜなら、人間は誰しも必ずいつか、死を迎えるのだから、、死ぬという事は必ず病気か怪我に合うという事を意味する老衰は自然死だというけれど、実際には実際には自然死なんて存在しないらしい死への過程では、必ず何らかの合併症なり、感染症があるらしいつまり、死のまえには必ず死に通じる病を患ういう事ではないか生きとし生けるものの全てが平等にしを迎えるという事は、生きとし生けるもの全てがいつか、死に通じる病を患うのだ。それが早いか遅いかだけの話、、脳内出血の死亡率は70%だというつまり、脳内出血は死に通じる病と言っ...
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あなたが変わろう

世の中に改革求めるなら、政治に改革を求めるなら、まず、あなたが変ろう!選挙にも行かないあなたが変わらなければ何も変わらない僕も、自分の身体の障害のせいでできないと考えるのやめようまず僕の心を変えよう心さえ変われば、見え方が変わる世の中が違って見える自分の身体も違って見えるあなたの、そして私の心が変われば、全てが変わる世の中が変わって見えるから行動も変わるあなたの、そして私の行動が変わるから世の中が変わるのだ。さあ、世の中に、世間に変革を求める前に自分を変えてみよう!きっと世の中も変わるからなぜなら、この世の中は自分が作っているのだからいま、あなたの、そして私のみえている世の中はあなたが、そして私が作っているのだから、
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自然の摂理なのさ

人はいろいろ考えたり悩んだりする。仕事に意義をみいだしたり無意義だと思ったり、希望に燃えたり絶望したりする。が、どんな人間も生き、病を患い、いつか必ず死ぬ。それはなにものもそれを易えることはできない。自然の摂理というものさ