人間について 愛こそ悲劇の元凶?
先日書いた記事「絆なんて案外脆いのかも・・」に対するコメントの多さに驚いている誰しも、思い当たるふしがあるのであろう。脆い絆・・による「悲劇」はなぜ起こるのだろうかそれは「絆」自身が弱いからではないように思う逆に「絆が強い」つまり「愛」が強いが故に「悲劇」が起こるのではない愛・・愛したい、愛されたいどちらも心が「愛」に縛られてしまってしまうのではないかところが、愛したいけど、思うように愛せない自分の気持ちに行動が伴わないいろんな事情で・・・例えば「介護」なんてその典型的なものではないか痴呆症を患った親の介護もちろん、親を愛しているでも痴呆症なんかを患ってしまうと日々の生活の中で毎日、痴呆症による(面倒で、世話のかかる。しかも手のつけようが無い)行動を愛する親がして自分を困らせるこれが愛のないあかの他人だったら放置できるんだけど放置もできないかといって、介護していると自分がパニックに陥る」くらい手間がかかるいらだつ、腹が立ってしまうでも抜け出すことができない・・もう心はパニックであるいつしか、そんな状況が 愛していたはずの相手への「憎しみ」に変質する・・「可愛さ余って憎さ百倍」といやつで...
