人間について

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死後の世界を信じている能天気な人たち・・

先日も死後の世界なんて存在しない、人間は死んでしまったら無になる。といった記事を書いたけど宗教などの信者で、何らかの形で死後の世界を信じており、天国とやらいう人間の脳は作りだした空想の世界が存在していると信じている人たちは、以下のようなYouTubeの動画のような世界を考えているのだろうか?あのテロを繰り返しているISなどの連中もこんな世界存在していると信じているのだろうか?それにしても、そんなことを信じて大量虐殺したりする連中もアホだと思うけど、また殺されてしまうひと達も死んでも死にきれないだろう。僕は死ぬということはどんなことか考え始めたのはやはり脳出血起こしてから再出血のリスクが非常に高くもしもやもや病が原因で再出血を起こすと死ぬ事は免れないだろうというようなことを知るようになってから、かなり本気で死ぬという事はどういうことなのか考えた結果、「無」であるという結論にたどり着いたのだ。しかも幸い、脳に関する病で倒れたことが起因して脳に関して自分なりに勉強をしながら死について考えたとき、どう考えても「無」という結論しか出なかったのだ。それにしても、前述のような動画のような死後の世界を...
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死後のことなんかどうでも良い?

よく、「死後の事なんかどうでも良い」と言う人がいる確かに死後の事など議論しても無意味だと思う。なぜなら、誰も証明する事が出来ないのだから、、あのホーキング博士にしても、物理学的に死後の世界はないと「結論付けた」だけであって証明した訳ではない。僕にしたって、自分なりに(まだまだ勉強不足かもしれないが)脳科学の観点から死後の世界はないと結論付けただけで、決して証明した訳ではない。だけど安易に宗教を信仰をして、自分の頭で考えずにキリスト教イスラムなどのような他人の考えをそのまま受け入れるのもおかしいと思うそして、「死後の世界なんかどうでも良い」と言うような人は、きっと死に直面した事がないだけだろう。本当に死に直面した人ならそんな事は言わないいや。言えないだろう。人の死について深く考え、悩むからこそ有意義な生を生きることができるのではないかと思う。今の日本、平和になりすぎて身近に死を感じない人が多くいるのだろう。紛争地のように残酷な死を毎日のように感じるのも、問題だけど、平和過ぎて(平和ボケ?)死を深く考える事ができないというのもどうかと思うのだが・・・
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今年の冬は超えることができるかな?

今朝はやけに冷えるなぁ1麻痺側の拘縮が強くて体が動かない・・それに拘縮の痛み出てきて辛い、今日は岐阜県の関まで今年の春に注文を受けた日本刀が出来上がったというので、今から車を運転して引き取りに行かなきゃならない。この体で、右手と右足だけは運転で関まで行けるかなぁ?などと不安に思う。半身不随になってからというもの毎年思うことだけれど、冬に入る前の極端に寒くなった日にはこの冬は越せるのかなぁ~?いつかまたぶっ倒れて死んじゃうんじゃないかなぁなどと不安に思ってしまう熊じゃないけど、冬眠することなどで冬を越すことができたらいいなぁなどと・・(^_^;)父夏は夏で、極端に熱くなったような初夏の日にはこの夏は越せるかなぁ。これだけ暑いとどこかで脳梗塞にでもなって死んじゃうんじゃないかなぁなどと考えてしまう。それにしても、寒さ暑さには弱く気になってしまったこの体いつまで生きることができるんだろう・・死ぬときはまた脳梗塞が脳出血なんだろうなぁこんな情のないことは考えずに、気合いを入れて、さあ行こう!
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ハーズバーグの動機付け衛生理論?によると・・

ハーズバーグの動機付け衛生理論なという理論がある人事の勉強をした事がある人なら知っていると思うけど、人間(社員)を動機付けする(モチベーションを上げる).ためには、まずは現状が「不満足な状態」ならば、まずはその不満足な状態を解消してあげなきゃいけないそして不満足な状態で亡くなった状態において初めて動機付けが効く(いわゆるモチベーションを上げるための動機付けのような 手段が効く)ようになるというような理論だったと思う。うまく説明ができなけど、この理論を今の僕に当てはめてみると、、、僕の場合は簡単はモチベーションを上げる事ができないという事になるのだろうなぜなら、僕は半身不随とその疼痛に常時苦しんでいるから、常時、「不満足な状態」にいることなる(もちろん健常者と比較して・・)そのため、僕を健常者のようにモチベーションを上げさせるためには、まずは現状の半身不随という不満足な状態を解消させるだけの気持ちの高揚をさせてあげなきゃいけないという事になるのだろうかそうしなければ、普通のモチベーションアップ策では効果が出ないと思う。確かに僕がやる気になるためには、普通の2倍以上のモチベーション策が必要...
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僕はあと1年生きていられるかな?

脳出血で倒れた時、ぼくはもやもや病という基礎疾患のために脳の血管が異常に細いため、それが破れて脳出血をした当時、もやもや病の出血発症についていろいろな情報を集めていたら成人以上の人って出血発症の人は高い確率で再出血を起こすという情報を得た。そして最出血をした際には非常に重篤になるということだった。つまりは死ぬかもしれないという意味である。そしてその最終決を起こす確率は45歳から55歳までの間が最も確率が高いという。それは出血箇所をした時の状況やその後の生活などの影響とはほとんど相関性がなく相関性があるのは単純に年齢と相関性があるということだった。つまりはどんなに養生していたとしても45歳から55歳までの間がもっとも、再出血の確率が高いということを意味する。つまりは45歳から55歳までの間に僕が最も死ぬ確率が高いということだった。そして45歳で脳出血で僕は、この先10年間生きていられるのかなぁなどと考えていた。そして今僕はあと半月ほどで 54歳になる55歳までにあと1年だ。あと1年だけ、何事もなく生きられていたらもう少し長く生きられるかもしれない、などと思っているそれにしても去年の秋には...
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「生きられるか」なんて心配なんてしていない

昨日、書いた記事に「生きられるか」という心配より、「生きるんだ」という気力が大事というようなコメントをいただいたけど、実は「生きられるか」なんて心配なんてしていない。「生きるんだ」という気力なんかも僕には必要は全く必要ない正直言ってなんだかもう生きていたくないと僕は思っている。こんな体でも、毎日食いしばって必死になって働いてそれでも収入が少ないと、文句を言われるなんだかもう疲れたなあいっそうのこと死んでしまって無になりたい脳が死んでしまえば、喜びも、悲しみも、そして怒りも、人を恨む気持ちもな~んにもなくなるな~んにもなくなってしまえば死んでしまえば何も感じないし、何も思わないそんな風になってみたいなぁ楽でもなく苦でもなくな~んにもないそれこそこの宇宙の始まりの前のように・・ぼくの命が生まれる前のように・・
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人間の業・・

ちょっと前に同じようなテーマで記事を書いたけど僕も含めて、生きているということ自体誰か、或いは、何かの生き物の犠牲の上に生きている良い人間(少なくとも悪人ではないと思いながら)生きている全ての人間が何かの生き物の犠牲の上に生きているそれが人間の業というものだ・・それに関して面白い動画を見つけたおそらくこの人間の業というものを非常に分かり易く、アニメにしたブラックユーモア的動画だと思う動画のタイトルは・・「MAN」つまり「人間」人間はどんなに素晴らしいと言われる人であっても、何らかの業(ごう)を背負っているのではないかだとしたら、自分がどんなに成功したとしても、このような業(ごう)を背負っていることを人間は生きている限り、絶対に忘れてはいけないのではないかと思うただ、生きているだけでも何かの生命を食らって生きてしか生きていけないのがそして人間の限りなき欲望が人間以外の全ての命を犠牲にしてしまっている悲しいかな、愚かなのが人間だ。もう一つ動画を紹介・・タイトルは・・「The Scarecrow」つまり「案山子」案山子という人間以外のモノ?から客観的に人間社会の愚かさ描いた動画だと思う
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陰謀論などというものをやたら好む人達は心の弱い人

世の中にはいわゆる陰謀論などというものをやたらに好む人達がいる。例えば、 9.11同時多発テロ事件は、アメリカ政府が仕組んだ陰謀だとかそれを証明するためにかどうか知らないが、荒唐無稽な根拠のようで、根拠で無いようなどうにでも受け取れるような当時の写真を見せて、だから陰謀なんだと・・その他にも、ユダヤ人グループとか、ロスチャイルド家のグループとか、フリーメーソンとか言う連中は世界を牛耳って様々な陰謀を企んでいるとか・・・アホらしいにもほどがある。僕はこのような実に馬鹿らしい陰謀論に関しては、あるブログで書いていた。以下のような論評に全面的に賛成だ。所詮陰謀論なんていうものも信じている人たちは何か悪いことがあると、それを自分の責任ではなく「誰かのせいにしてしまう」というような心の弱い人たちと僕は思っている。それに、以下の論評のように非常に危険でもあると思う。-----------------------------------------------------------------------------------------------------「陰謀論」は、人間の「意図」と「結...
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不寛容の時代が到来か

アメリカでトランプが大統領選に勝ったこれから不寛容の時代が到来するのではないかと危惧する。アメリカは多民族国家と言われ、どのような民族でも受け入れるいわゆる「寛容的な国」といわれてきたがこれが大きく変質してくるのではないかアメリカトランプ候補が勝利したということは、それがアメリカ人の本音なのだろう。これまで寛容的であれなどというキレイ事はもう嫌になったのではないかある人が言っていた・・・アメリカでは「寛容的であれ」などというような人ほどトランプが言っていたようなことやトランプ候補を支持する人に対して極端なほど「不寛容」になるのだと・・・そして、差別的なほど侮蔑するのだと・・もう道徳などというような「キレイ事の時代」は終焉したのかもしれないそれは人種間だけではなく僕のような障害者に対しても世の中は不寛容になってきているように感じる世界全体がキレイ事に疲れてきたのではないか実は白人(特にアングロサクソン)は本音のところは、ヒスパニックも黒人も大嫌いなのだろう。日本人のことなんてやはり黄色いサルくらいにしか本音のところは思っていないのではないかと思う僕の身の回りでもアメリカは多民族国家で慣用...
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祈る(自分しか信じない)

神様とかいうものを全く信じない僕だけどなぜか最近祈ることが増えている。それは神様に祈るとかいうことではなく。自分の行動に対して、その結果がうまくようにと「何か」に祈っている自分がいるその「何か」が何なのかはわからないけどそれが神だと言うのなら、そうかもしれないけれど。なぜそんなふうになったのかよく考えてみると、根本的には人間不信と思う。もう50年以上生きていると様々な人間の裏切りにあうものだ。それはビジネスパートナー9にも存在し身内にも存在している残念ながらそのような経緯の中で人間が最も信じられない生き物だと思うようになっている自分がいる正直言って口だけの人間が多すぎると感じている口では理想を語っていても実際の行動はしない人間が多すぎる結局、障害者である僕がやらなけばならなくなる羽目になるだから人間を信用できなくてじゃあ誰を信じれば良いのかと考えると「何か」を信じるしかなくなり「何か」に対して知らず知らずに祈っている自分がいるのだろう。結局その「何か」とは、いわゆる神様というものかもしれないけれど。自分の心の中にあるものだと思うつまり、僕自身が死んでしまい消滅すればその「何か」を一緒に...