人間について

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ただひたすら痺れに耐える

僕はは今、ひとりベッドでうずくまってひたすら痺れに耐えている。ただひたすら・・耐えている。外に出る気力もなく、立ち上がって何かする気力も湧かない。とても食事を用意する気にもなれず、、ただひたすらうずくまって耐えている。昨日もほとんど一日中24時間うずくまっていた。こんなときひとりきりだとネガティブになってしまうものだ。誰かに声をかけてほしいと思う。誰かに傍にいてほしいと思う。そうは言っても誰もいないのだから仕方がない。ただ耐え忍ぶのみ
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暴風雨に不安・・

今日は春の嵐だ・・竜巻でも起こりそう気配・・雷も鳴っている・・やっぱり痺れる・・いつもよりキツイ・・窓の外を見ると恐怖を感じる・・やっぱりイザというときにこの身体では逃げる自信が無いからだろうな・・
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最新型風力発電技術がテレビで取り上げられた!

NPO法人で今後海外へ展開させようとしている最新型風力発電装置が先日、テレビ「ガイアの夜明け」で取り上げられた!最新型風力発電技術がテレビで取り上げられた!まずはインドだ!
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中途障害者になるということ

僕は先天性の障害を持っているわけではなく、ある時期まで45年間ごく普通の健常者だった。だから当たり前にできることは当たり前にできていた。強いて言えば水泳選手だったこともあり多少人よりは体力に自信があった。中途障害とはある日突然そのほとんどすべての機能を失うことを意味する。人が当たり前にできることとは・・例えば・・・まずは走ること。ジョギングなど・・・片手でカバンを持ちながら切符を買う事・片手でお茶碗を持って味噌汁を飲む事・片手で書類を押さえながらホッチキス止めをする・紙飛行機などの折り紙・スリッパをは履くこと・フードコートで片手でドリンクを持ちながらもう一方の手で料理を運ぶこと。 ・階段を手すりを持たずに上り降りすること。・紙幣を数えること。などである少なくとも上述の行動はすべてができなくなりましたほんの昨日まで当たり前にできていたことができなくなる。これが中途障害者の最も精神的にダメージを受けることです。更に僕はいわゆるサラリーマンではなかったので、リハビリによって多少機能回復しても元の職場に戻れることはなかった。だって自分の会社は代表の僕が僕が倒れると同時に倒産して存在しないのだか...
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今、目の前にあるやるべきことを粛々と・・

なかなか成果が出ない・・このままで良いのか・・未来はあるのか・・逆に後退してはいまいか・焦る・・なかなか結果が出ないと焦るものである不安も増幅する・・リハビリもそうだ・・毎週リハビリ病院に通って、もう3年・・症状が改善しているようには感じない。さすがに3年してもほとんど目に見えた進展がないと人間諦め気分になるものだ。でもある本によると脳の中では着実に変化の兆しが表れているという。本当なのか・・成果が目に見えないというのは不安を煽るものである。それは仕事にしても同じ・・今、スタートし始めている事業は以下の通り・日本全国の地方自治体にスマートシティの提案と構築サポート・インドへの最新型風力発電技術の輸出導入・アフリカ ギニアへの浄水設備導入プロジェクト・障害者だけで運営するデジタルアーカイブサービス事業の立ち上げ。どれもこの2,3日動きがない。動きがないと焦る気持ちが募る当然お金にもなっていない。資本主義社会のこの世の中、正直言ってお金になってナンボそのための兆しがまだ見えない本当にうまくゆくのだろうか。。こういうときにこそ結果を焦らず、目の前にあるやるべき事を・・いやそのやるべき事さえ分...
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障害は不便なだけ、不幸ではない。

ふとあることに気が付いた。障害は不便なだけ、不幸ではないのだ。不便は工夫すればなんとでもなる。不幸は心の問題。今の自分を不幸だと思う心こそが不幸なのだ。悲しみ、憎しみ、怒り、妬み、そんな心を持つこと自体が不幸なのだたとえ障害を負って工夫次第でやれることはいいくらでもあるやれないことに目を向けるから悲しくなる。やれないことはやれるように工夫すればそれで良いじゃないか。障害による不自由や不便は不幸とは全く別物だ不幸なんてに心の持ち方次第でどうにでもなる。不幸と思う心がきっと本当に不幸なのだろう。意欲・・意欲さえあれば何でも前向きにやれる。そして意欲があるときが心が一番幸せな時だと思う。その意欲を尾持つためには。。志を持つことだと思う。大きな志を持つことが、たとえ今の自分には到底到達不可能なような目標を志であってもそんな大きな志を持つことが工夫を生み、意欲に満ち溢れ心の安寧を得ることができ、幸せを感じることができるのではないか。身体が健常であっても心が不幸であればそれは絶対的不幸だ。だから障害は不便だけれども不幸ではない。意欲さえあれば不便なんて知恵と工夫で何とでもなる。
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身体が不自由なのは不便なだけだけど、痛みと痺れにはかなわん

先の記事で身体が不自由なのは不便なだけ、決して不幸ではないと書いたけど・・僕は脳のど真ん中あたり(被殻出血というらしい)で出血したのでそのあたりにある視床という部分の脳細胞が損傷しているらしく、常時感覚障害と痛みと痺れが酷い日によっても酷さは変する。ストレスを感じても痺れが酷くなるようだ。こんなとき脳=心だと実感する。。この痛みと痺れだけは「不便」なだけだから工夫で乗り切るという訳にはいかない。。。痺れがひどいときは左半身が全部辛子明太子になったよう(たぶんこの表現が一番適切かもしれないと思う)なのだ。これにはさすがに参る・・痛みと痺れは心まで蝕んでしまうようだ。酷いときは完全に抑うつ状態・・とても前向きになんてなれない。なんとならんものか・・どんな脳外科医に聞いても「視床痛ですか・・根治はむつかしく難治性です。」とのことまた、「脳卒中(特に視床付近の損傷のとき)による感覚障害の痺れと痛みは感覚を伝える神経細胞の周りにある細胞が、壊れた細胞を修復しようとして過剰な神経放電をおこしてしまい生じるものです。ですので、脳が自分を治そうとすればするほど出てくるのです。だからやっかいです。」との...
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脳卒中の後遺症で辛いこと

脳卒中の後遺症で辛いのは、難しいことができなくなるのではなく誰にでもできる簡単な、当たり前のことができなくなることだ。例えば100m13秒で走れていたのが14秒になるのならが我慢できる。でも100m歩くことさえ辛くなるのだ。今まで培った難しい専門的な知識がなくなり高度な仕事ができなくなるのななら仕方ないと思う。でも違うのだ。書類ホッチキス止め封筒の開封そんな簡単なことがキチンとできなくなるのだ。情けないと感じる。幼稚園の子供でもできることができなくなるこれが辛い。日常生活なら、本を読むいとき、片手だからページを一ページずつめくれない。しおりをき入れ替えようとするとページがたくさんめくれてしまい正確に入れることができない。めこんなとき一番悔しい思いをする。。数十ページの企画書はタイプできる頭脳は明晰だなのに。。こんな簡単なことができない すぐにミスをする折角2時間以上かけて企画書を作ってもプリントアウトしてホッチキス止めするのにプリントアウトした書類を揃えている途中に途バラけてしまいそれを再度揃えてホッチキス止めづるのに1時以上かかる。何をやっているんだ!くそっ!イラつくそんなストレスを...
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希望も志も心の中

希望も志も心の中痛い身体で希望を持つことは難しい。。苦しい経済環境でも希望を持つことは難しい。。でも希も志も、周囲の環境にも身体の機能や障害とは関係ない。心の中で持つものだ。心の中に希望や志を持つことができたらしめたもの・・目標を達成したのも同じ・・なぜなら本当の希望や志は心を前向きにしてくれる。それは意欲の源泉であり、意欲は知恵の源泉だから・・意欲と知恵さえあれば環境を変えることだってできる。身体の障害も知恵と意欲さえあれば克服できる。「工夫」というやつで・・「工夫」・・これこそが人間にだけ与えられた能力だ。全ての障害は「工夫」で乗り切ることができる。そしてその「工夫」の根源は意欲であり、全ては人の心の問題であり、意欲の問題であるそう信じている。信じているからこそ意欲も持てる。
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花は桜木 人は武士

折角の桜の季節だから近所の桜を撮影してきた。桜はやっぱりいいねぇ・・桜:美しく散るもの薔薇:花弁を残して枯れるもの