人間について

人間について

我ながら集中力あるなぁ・・(/_;)

今、、、ある仕事の資料作りに集中してPCに向かっていた、約3時間近く・・自分で言うのも何だけど、健常者の頃から、僕はPCに向かっていても3時間や4時間ではほとんど疲れることはない生まれてこのかた、肩こりというものを知らないだから肩こりもPCで何時間さg徴していようが肩こりは・・ないそれは今も同じ・・眼も疲れない・・とてつもなく集中できるのだ・・・だからこのブログを書くのも好きだお蔭様で1700記事を超えている。このペース今年中に2000記事は超えるだろうで・・・何が言いたいか・・って?今、その資料作りが一段落してふと、机の日左横に視線を移すと何か白いものが視界に入った・・お化け・・・?んなわけないだろ・・僕ほど幽霊(霊や魂の存在)を信じない奴は世の中にいないだろう(苦笑)だからお化けも出ない!(妙な論法だな・・まいっか)その白いものは・・お化けなどではなく・・なんと!溶けて机の上に広がったアイスクリームだった・・・(-"-)そういえば・・仕事を始める前に気分転換にアイスクリーム食べたっけ・・全然、、、記憶にない・・(^_^;)でも・・・机の上にはアイスクリームが溶けて広がっている・・2...
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ときが心を癒す?

ときが心を癒すという言葉があるでも時間の経過が心が癒す事が出来るのは有ある意味「忘れる」からだと僕は思う永遠に忘れる事が出来なければ、その心は永遠に癒される事なんてない実際に僕は脳出血からもう5年の歳月が経過しているが確かに脳出血時の混乱や悲しみ等々は記憶が薄れてきているでもそのためも残った後遺症は、現在も、今この瞬間も僕の目の前に立ちはだかっている!周囲の人たちにとっては、両親や家族でさえも「過去の事」になりつつあるような気がする。でも僕にはこの後遺症がある限り、この苦しみは永遠に現在進行形なのだ。昨夜だったか、一昨日の晩だったかNHKで日本人に先の大戦の終戦日を8月15日と答えることができなかった人がなんと33%もいたという!驚愕である・・これもときが人の心を癒すということつまり「忘れる」とうことなのだろうかこの「忘れる」ということがなければ人間は苦しみのあまり生きていけないのではないだろうか戊辰戦争の終結日は5月18日であるそんな日を知っている人はほとんどいないであろうたぶん明治の初期には薩長に追われ、負け戦さをした藩の人々は敗戦の屈辱の日として永遠に忘れられない日だと思ったであ...
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輪廻転生

生き物は死ぬとその49日後に死んだ命と魂が別の形ある肉体に引越しをするそしてまた生き死んでいくこんなことが永遠に繰り返されるこれを輪廻転生と呼んだ釈迦はこんな事は一切言っていない釈迦は永遠なるものは存在しないすべてのものは移り変わるいわゆる諸行無常だ輪廻転生などと言うものは紀元前後に起こった大乗仏教運動で生まれたものだという死とは肉体が滅びてなくなることそしてその中に収まっていた心さえも無くなることそのことを悲しみ怖れるあまり、人々は肉体は滅びても心(魂や霊)だけは永遠に存在すると考える事によって怖れから逃れるための甘美な夢想に過ぎない輪廻転生などと言う考え方はそんな人間の死に対する恐怖から生まれてきた想像物に過ぎないというだとしたら今生きているこの瞬間、肉体的5感と精神的5感(悲しみや喜びや憎しみや怒り等々)があるこの瞬間にこそ肉体的苦しみや快楽があり、精神的苦痛や心の安寧もあるということは生きているこの瞬間にこど天国もあり、地獄があるではないか僕には脳の損傷により、もうこの5感の一部が無いけれど幸い、僕の心を司る脳の機能までは損傷していないだから今生きているこの瞬間を生きていくには...
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24時間テレビ・・

僕は障害者になってからこの日本テレビのやる(今放送している)「24時間テレビ」というものを観なくなったなぜなら、どれも「努力」、「克服」、「感動」、「涙」「それでも生きる」的な脚色が加えられるため、刑事が刑事ドラマを見て一笑に付すように最近の僕は観ていてもまったく感動しないからだと言うより嘘っぽく、現実とはかけ離れた脚色がされていると感じてしまうからだ癌、障害を扱った場面一つとてみてもたかが10分か15分に編集され当事者でない人が観るとこの10分か15分に編集された場面がすべてのように錯覚させるような脚本だと僕は思うだから僕はウソっぽく感じるから見ないこういう人々が本当に苦しいのは日々24時間×365日なのだそして年に一度の放送の「非日常」でもある「24時間テレビ」のような一時的ものではなくまさに「日常]にこそ、苦しみがあるのだしかし、この様な番組が高視聴率を稼ぎ、障害や難病を扱ったNHK教育テレビのようなドキュメンタリー番組などは福祉関係者や当事者で無ければ見ないドラマ風の番組に「感動を求める」けど「現実は見ない」障害者や難病の人は努力し、明るく感動的に生きていないといけないというよ...
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未だに自分の身体能力の予測できない・・一番歯がゆいのは自分・・苦

昨日、上京したとき大手商社M社に訪問する際、M社を紹介してくれた人と大手町のパレスホテルで落ち合うことにしていた飛行機の羽田到着は14時15分でパレスホテル行きリムジンバスがあるというので、15時半なら充分だろうと思い、約束したでも・・なんと飛行機から降りて・・少し用を足してリムジンバス乗り場に着いたらなんと15時過ぎ・・・到着ロビーからなんと45分近くのかかったのだこれではまるで亀かカタツムリだ・・あおれでも精一杯で汗だくであった・・もうこれは15時30分には間に合わない・・仕方がないので電話して送ら遅らせてもらった・・こんなことは些細なことだことだけれどもこんなとき5年も経過した未だ僕の中からは健常者の頃の身体イメージが離れていない事に気付くと同時にとても情けなくなる・・他にも横断歩道用の信号が赤になる前に横断歩道が渡り切れるかどうかわからないときが多々ある・・そして渡ってみると・・右折、左折車を思いっきり待たせている自分に気付く・・そんなときその右折、左折車の運転手はきっとイライラして歯がゆいだろうなと思いながらそれがわかりながらゆっくりとしか横断歩道を渡れない自分が歯がゆいのだ...
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できないというのは横着?

何らかの問題でできないと言ってやめてしまったら、人間は何もできませんやらなければならないことは、どんなことでもしなければならないのが人間です。絶対にやらなければならない都言う気持ちになったら、できないはずはありません。きっとできるものです。 できないというのは横着に他なりませんこれは幼児期に壊疽により四肢切断し、日本のヘレンケラーと言われたあの中村久子氏の母がまだ11歳の久子さんが繕いものができないと言った久子さんに放った言葉である。スゴイ言葉である人間、本当に必死になればできないなど存在しない確かにそうかもしれない現代でこそ、人は飛行機で空を飛び、ロケットで宇宙に行き、IPS細胞で人間の臓器まで作ってしまうでもこれらは、ほんの100年ほど前までは「絶対にできない」と思われいたことばかりではなかろうか人間、本気になれば不可能はないこれは決して、人間の驕りということではなく、いつも、本当に本気になっているのかということをあらためて自分に問いただしてみる意味で僕のような身体でも、人間、本気になれば不可能はないと思いたいと感じるのである。だから、あきらめない自分があきらめたら、そこで本当に終...
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化学兵器・・神経ガス・・残酷・・

今、シリアで化学兵器が使われた使われないで米国が軍事介入する、しない云々で深刻な状態だけど・・その化学兵器とは・・神経ガスというものらしい・・本当にシリア政府が使用したかどうかはさ定かではないにしろ「神経ガス」という言葉だけでの僕は恐怖を感じるちなみに調べてみたら・VXガス・・人体の神経系を攻撃する。具体的には筋肉を収縮する神経伝達物質の伝達を阻害し、筋肉の活動を停止させてしまう。体内に神経ガスが入ると、酵素アセチルコリンエステラーゼのアセチルコリン認識部位と神経ガス成分の間に共有結合を形成してしまい、その結果アセチルコリンの分解がストップし中枢神経系が混乱する。その間もアセチルコリンが分解されず増加し続けるため、結果的に神経信号が伝達されず筋肉の収縮が止まらない状態となる。(ウィキペディアよりv抜粋)サリンその毒性は神経に障害を起こすものである。自覚症状としては、まず最初に目がチカチカする・視界が暗くなるなどの異常が起こり(瞳孔の収縮による。これは「縮瞳」とよばれる)、ついで涙が止まらなくなったり、くしゃみや鼻水など呼吸系の障害が起きる。呼吸困難を伴うこともある。さらに重度の場合、全...
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人間って意外と強いもんだよな

我ながら思うけど、人間って意外と強いもんだよなって思う約5年前、半身付随という不自由と中枢性疼痛という訳の分からない24時間続く、猛烈な痛みと痺れ、、当時、この状態がずっと続くなら1年と精神的に持ち堪える事はできないだろうという「自信」さえあったこのままだと1年以内に自らの命を絶つ事になるだろうという予感さえしていたそれほどまでに苦しかったでも今、生きている。もう5年×365日×24時間=4万3800時間・・一秒たりとも絶える事なく痛みと痺れに耐え、不自由にも耐えている不思議なものだ・・人間って意外と強いこの痛みと痺れと不自由さと、さらには様々な屈辱感や侮辱にも耐え、それを乗り越えるために再生可能エネルギーの普及などという全く身の丈に合わないような志や希望を持ち、動かない身体を無理に動かして北は石巻、南は鹿児島、そして頻繁に東京へと動き回っているたぶん、身体は苦しいけど、そうしていないと自分がまだ生かされている意味を見出せなくなり、生きる意欲を無くしてしまうのではないかという恐怖のようなものが僕を突き動かしているだけなのかもしれない人間って意外と強いと思う我ながら、、生きる意欲って強い...
人間について

思うがままにならない事を思うがままにしようとして思うがままにならず・・・

釈迦は・・思うがままにならぬ事を思うがままにしようとして思うがままにならぬ事を「苦」と言ったそしてこの世は人間に何らかの「欲」がある限り生きる事自体「苦」に満ち溢れているとも言った僕は、今、以前、健常者の頃、思うがままになったこの自分自身の身体・・以前は、ごくごく当たり前できたことさえ思うがままにならず思うがままにしようとして思うがままにならずそんな些細な事で強烈な「苦」を毎日一日24時間味わっているような気がする更に薬も効かず、治療法もない思うがままにならぬ脳卒中後の後遺症の誰にも理解されぬ中枢性疼痛の痛みと激痛を思うがままにコントロールしたいと思い、あれこれ工夫しても思うがままにならず、身体が不自由でもこの痛みと激痛さえなければどんなに楽だろうなどと思いながら一日24時間苦しんでいるそれでも・・人間である限り、何かしら、人の役に立ちたいという抑えきれぬ気持ちに突き動かされこんな地獄のような「苦」にもう5年も耐え続け、自分なりにできることを必死の思いでやり続けて来れたそろそろ、自分をほめてやっても・・そして健常者の頃の怠慢、怠惰な生活、わがままを許してやってもいいかな・・そうしたら、...
人間について

良かれと思ってしたことで責められるのは辛いものだ・・

先日、食べるためにしている仕事上で、ある資料クライアントに提出しなければならなかったでもその資料、、複数の書面にまたがり、そのままでは非常に見難いので分かり易くするために一つの書面にまとめ整理してあげ提出したところが・・その整理した書類にミスがあったのだ・・そのためにひどくクレームになり、ひどく責められた上に、納期が遅いと叱られ、作り直し・・何だか損した気分である・・せっかく良かれと思って整理してあげたことが仇になってしまった仕事をしているとこういうこともあるもんだこんなとき、落ちこんでいても始まらない気持ちを前向きにするためにさっそくあらたな再生可能エネルギーの普及あアプローチ先への「飛び込みメール」を書くことにして、頑張って書いた書いているうちに落ち込んでいた事がとても些細なことに思えてきて、気にならなくなってきた。。以前能脳卒中後、脳の勉強をしていたときOCD(強迫性障害)の患者にはその原因を追究してはいけないそれよりも全く関係のない楽しい、もしくは希望の持てる事をするが方が良いと。。なぜなら脳には「使わなければ(機能を)失う」という原則があるからだという逆に「使えば使うほど機能...