挫折は絶対に乗り越えなければならない
。
挫折を乗り越えれば必ず心が強くなっている
新たな知恵も備わっているものだ。
人間が生きようとする力がある限り必死で挫折を乗り越えようと
頭をフル回転させるからだ。
僕も2年半前の脳出血からこれまでの間、それまでの45年の人生
では使ったことのないようなレベルで頭はフル回転していたと思う。
心も来る日も来る日も、何度も、何度も、これでもかと言うくらい叩きのめされ
結果として強くなったと思う。
今の自分は発症以前とは全く違う自分になっているような気がする。
ここまで来れたのは、自分で言うのもなんだが
自分の生命力を信じたことと希望を捨てなかった結果だと思う。
心を強く持ち、必死で知恵を巡らせば、
良いアイデアや必ずチャンスが見えて来るものだと思う。
ダメだと思ったらその瞬間に意欲がなくなり、知恵もアイデアも湧かない
僕は健常者の頃、これほどまでに必死になったことがあるだろうか。
いやなかったと思う。
確かに会社に見合わぬ大きな借金を抱えてはいたけれど、
本当の意味で「真剣」ではなかったのではないだろうか。
「真剣とは・・
僕は思う。
「真剣」とは真剣勝負のことである
僕は小学生。中学生の頃、剣道をやっていた。
でもそれは決して真剣勝負ではなかった。
小手や面、胴などの防具を身に付け、
竹刀で試合をするのだ。
それは本人は真剣になっているようでも、まだまだ心にスキがある。
打たれても死なないし、血もでないからである
しかしこれが木刀になると、いささか緊張しなければならない。
打たれれば、気絶もするし怪我もするからである。
これが本当の真剣となれば全く違う。一閃が直ちに命に関わるからだ。
僕は日本刀を海外向けに販売していたが、その時見た本当の真剣引というものを見て
昔の侍は本当にこれで立ち会ったのかと信じがたい思いだった。
ちなみに一度それを部下にその真剣を持って構えさせ、僕に向き合わせた。
鋭く尖った切っ先僕に向けられていると背筋が凍るような想いだったことを覚えている
勝こともあれば、負けることもあるなどと悠長なことは言っていられない。
負ければ、命が飛ぶのだ。
「真剣になる」ということはこういう状態をいうのだ。
そして僕は今、61.1%という非常に高い再出血のリスクを抱え生きている。
正に、真剣になっていると思う。
こんなに生きることに真剣になったことは生まれてから48年初めてだ。
だからこそ、今とても苦しい思いをしているけれど、
健常者の頃には考えもしなかった生きていくための新たな知恵を搾り出すことができ、
結果として有意義な人生を送ることができているのではないかと感じるのだ
そして僕を本当の意味での「真剣」にしてくれた脳出血というものに感謝すべきなのかもしれない。
それまでの「本当の真剣」というものも知らず、「真剣にやってます」などと
実はとても甘ったれた人生だった自分を本当の真剣な人生送ることができるように
変えてくれたのだから・・・・
死に直面するような挫折や苦境こそ人間を「真剣な心持ち」に変えてくれるのだと思う。
そしてそこから初めて、新たな本当に価値のある知恵が生まれ、人類の英知にもなり得るのだろう。
過去の偉人達の多くは常に死に直面するような苦境という環境に置かれていたからこそ
未来永劫、普遍的に語り継がれるような英知を生み出したではないだろうか。
だから最近の政治家などで「真剣にがんばります」ということを言う人を見ていると
あの人は本当に「真剣」なのだろうかと思ってしまう今日この頃だ
投稿者プロフィール

- 代表
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京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年に、いつの日か個人事業主や企業経営者のコーチや個人のライフコーチとしてコーチングビジネスをするスタートする為、コーチング認定試験に合格し、認定コーチとなり、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定。
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」です。