人間について

楽になれるものなら楽になりたい

前回の記事に対してのコメントにもっと楽に生きてみては・・というコメントを頂きましたが、残念ながら楽になることができないというのが正直なところです。僕自身、自分が障害者になるまで障害というものがこんなに辛いものとは思っていませんでした。この場合、毎日、朝、目が覚めたときから闘いの始まりです。まず、朝 目が覚めると、ベッドから立ち上がるだけで必死です。立ち上がろうとすると寝てる間に硬直した左足に猛烈な激痛が走ります。これに耐えて、歯を食いしばって立ち上がるのです。それから午前中は中枢性疼痛が酷く、これにも約半日、耐え続けなければなりません。気を抜こうものなら、苦しくて「このことが続くなら死んだ方がマシ」と感じてしまうのです。午後になって中枢性疼痛が少し和らいできても、左足も左手も鉛のように重く、椅子から立ち上がるだけで重労働であり、何クソッと気合を入れないといけない。毎日がこんな感じです。正直言って障害を負った当初は、こんなに毎日が辛いのなら死んでしまいたい。考えたことは何度もあります。そんな状態ですので気持ちを常時「戦闘態勢」にしておかないと生きていけないというのが正直なところです。この...
人間の生き方

失敗は成功の母?

失敗は成功の母というが、この意味は失敗を教訓として、自分の欠点やこれまでの方法の悪い点を改めて行くことによって成功に導くという意味だが、僕の場合、教訓というよりは、障害という苦しさや悔しさをバネにしているようなところがある。ネガティブパワーとでもいうのだろうか。不思議と体が苦しい時ほど心のどこかで「負けてたまるか」と叫んでいる。この2、3日の寒さがとてもに辛い。左半身は硬直気味になるし、痺れもキツイ。最近はこんなときほど精神パワーが出るように感じる。ちょっマゾかなと思うくらいである。
独り言

闘っているときが最も輝いている

僕は脳出血で半身麻痺いう障害を負ってからやっと本気で真剣に人生を生きることができるようになったと思う。そして障害のおかげで、人はどう生きるべきかを真剣に考えるようになった障害者となってしまってから毎日が信じられないほど必死であった。ちっぽけなものかもしれないが僕が築き上げた多くのモノを失い、無収入になり、未来の希望までもまったく見えなくなった時期もあった。そんな中で、必死だった。本当に本当に生きるのに必死だった。ここの2年間は恥も外聞もなく必死だった。他人に遠慮している余裕もなかった。再出血の恐れもあり、明日をも知れぬこの命、本当真剣だったといえる。そして人間は「闘っている」ときが最も番輝くことができるんだという思いに至った。この2年間は少なくとも今の国会の政治家よりも必死だったと思う。そんな中で人を見るとき、人が真剣かどうかに敏感になった気がする。だからこそ真剣でないと感じる人(人生を闘っていない人)に対して怒りに近いものを感じてしまうのです。真剣に必死で闘っているときこそ僕は輝いていると感じることができるんだ。今までの甘ったれた人生から本当にそんなふうに思えるようになったこのことが...
独り言

何をしたいかより、何をしなければならないかの方が大切?

さっき、テレビで年末の菅首相のコメントを放送していたのですが、記者からの何をしたいかという質問に対して「私が何をしたいかより、何をしなければならないかの方が大切」と言っていた。僕はその瞬間「あなたに日本をこうしたいとか、こんな日本にしたいというビジョンはないのか」と思ってしまった。これはまさにビジョンなき政治だと思う。菅首相は雇用重視、雇用重視としきりに言っているが、雇用を創出するための日本の将来ビジョンが全くないのではないか。雇用促進しなければならないから、雇用促進緊急対策として経団連に採用を多くするように求めるとか雇用促進助成金とか、少子化だから少子化対策として子育て支援助成金とか、まったくもって目先の受け身的な対策ばかりであるように感じる。そもそも大企業に採用を多くするように求めること自体ばかげている。企業には採用を増やすことができない理由があるのだ。それをそれを解決せずにいくら採用を増やせと言われてもできないものはできない。菅さんに将来の日本の具体的イメージがあるのだろうか。とても10年先、20年先いや50年先の日本のあるべき姿のビジョンを持っているようにはに思えない。まずはじ...
起業・ビジネス

日本の伝統工芸「金継ぎ」に見る持続可能社会へのヒント

日本の伝統工芸に金継ぎという壊れた陶器のお茶碗を修復して再利用するという技術があります。東北大学のネイチャーテクノロジ石田研究室の西田先生がおっしゃっていたのですが、壊れた食器を修復して使うという文化が江戸時代のこの金継ぎという方法で再利用するというような文化は日本以外に世界の何処を探しても存在しない日本の誇るべき文化だそうです。これは鎖国という限られた江戸時代の世の中だからこそ育まれた持続可能社会のための文化だそうです。この金継ぎで修復された陶器は壊れる前の元の陶器よりも美しくデザインされるそうです。よって金継ぎは単なる器の修復にとどまらず、まったくさらに美しい器として蘇るのです。これこそ日本が世界に誇るべき文化だと思います。こういった思想こそが持続可能社会を実現するのではないかと思います。現在はエコロジーという名のもとに「エコロジー商品の大量生産と大量消費」が行われているだけであり。決してこれで持続可能社会が実現するとは思えません。省エネ商品を大量生産するのではなく、こういった「もったいないから再利用する」という発想が大切なのだと思います。モノづくりにおいても、一部の家電製品におい...
人間について

献身する喜び

人は社会の役に立っているという実感を持つことで、生きる喜びや存在価値を感じるものだと思う。それは献身の喜びだと思います.現代人は献身の心を忘れ、個人の自立とか「個の独立」、「自由」とか「基本的人権」の名の元に自分を家族や国家の連帯から切り離してしまってはいないだろうか。そして、結果として自分を孤立させてしまい、孤独に陥ってしまってはいないだろうか。「人の役に立っている」という喜びこれほど生きがいを感じるものはないと思う。これは障害者となり、一時期「もう僕は何の役にも立たない人間になってしまったのではないか」という気持ちになり自暴自棄になった僕が感じることです。これは社会の最小単位である家族の絆にも言えることだと思います。このことを言うと女性陣に反発を確保くらうかもしれませんが、「妻が夫に尽くす」ということは大切なことだと思います。これは決して一方的に尽くすのではなく夫も家族のために献身しなければいけないと思います。。あくまでも家族は「相互扶助」だと思います。だから何も女性は家事をしなければならないと思いません。収入を得る能力があるのであれば外へ出て稼いでも良いだけです。献身するというこ...
起業・ビジネス

NPO法人の事業内容が確定!

譲渡してもらったNPO法人の事業内容が確定した!ホームページ作成後にここで紹介しようと思いましたが、まだ原案の状態ですが本日公開しちゃいます。NPO法人の事業目的と概要当NPO法人は日本のモノづくり企業と世界を繋ぎ日本の産業振興を支援する団体です。日本企業の海外進出をあらゆる方面から支援サポートします。日本に眠る環境技術、持続可能な社会を実現するためのエンジニアリングを世界へアピールするためのサポートします。我々はその扉の鍵を用意しています。古くは江戸時代から日本のモノづくり産業は、「もったいない」という日本独特の思想から生まれた世界に誇る最高レベルの省エネ技術や再生リサイクル技術を持つ中小企業が数多くあります。2030年には資源枯渇の危機が訪れるといわれるなかで、持続可能な社会を実現するための特に日本のモノ作り企業が持っている省エネ技術や、環境技術(あらゆる方面での再生リサイクル技術)は、今、世界からますます注目されており、世界に発信すべきときです。しかし残念ながら日本のモノづくり産業は世界に向けてその技術を有効にアピールできていないのが実情であると考えています。現在、世界全体が環境...
人間について

苦悩することこそ生きている証

人間誰しも、一生苦悩の連続であると思う。でもそれを乗り越えてこそ、自分自身の未来が開け、希望が見えるようになってくるのではないだろうか。歴史の成功者と言われる人たちを見ても、決して順風満帆でなく、苦悩の連続だったのではないだろうか。苦悩があるからこそ人間は本能的に生きるためにそれを乗り越えようと必死でもがく、そんな姿にこそ「生命力」が出てくるのではないだろうか。僕も肢体機能を奪われ、なけなしの財産を奪われ、なぜ自分がこんな人生を歩まなければならなかったのかと、何か悪いことをしたのか、、自問自答し苦悩し、生きることの意味を考えざる得ない、疑問が湯水のように沸いてくる。それを突き詰めるという作業はもがき苦しむような作業だが、そんな時にこそなぜか心の底から「何としても生きなければいけない!」という声が聞こえてくるような気がする。意外とそんなもがき苦しんでる自分が最も「輝いている」瞬間なのかもしれない。人間は苦悩がなくなってしまったら、死んだも同然な気がする。苦悩するからこそ何とかしようと知恵が沸く。苦悩の中に新たな小さな「光」を発見したときほど心が沸き上がることはないではないだろうか。そんな...
人間について

人間の感情、たとえば喜びや憎しみ、甘え、ねたみなどの感情は自然な単なる心の反応か?

人間の感情、たとえば喜びや憎しみ、甘え、ねたみなどの感情は自然な心の反応か?「命とか感情って何だろう」という記事に人間の感情、たとえば喜びや憎しみ、甘え、ねたみなどの感情は自然な心の反応ではないかというコメントがありましたので、非常に好奇心を感じてしまって調べてみました。人間の感情、たとえば喜びや憎しみ、甘え、ねたみは自意識とか自由意志でいうものによる心の動きではなく人間が本来持っている心の「自然の反応」ではないかという議論については昔からから神経科学会で議論になっていたそうです。1980年代までは、すべての人間の行動は何らかの刺激に対する反応であるつまり条件反射の集合体であるという考え方が主流だったそうです。しかしアメリカのエドワード・タウブ博士という脳神経科学者の実験ともう一つの実験により、この考え方は、根底から覆されたそうです。彼は行動は何らかの刺激に対する反応であるとするならば、たとえば刺激の入力系の神経をすべて切断してしまえば、反射はなくなり動かなくなるはずだと考え、感覚入力系神経「求心路と言うらしい」を切断してみたのですが、それでも手足を動かすことができるという実験結果が出...
人間について

心の揺り戻し

Pさんのコメントで心の揺り戻しが人間にはあるのかという問いになんだか急に好奇心を持ってしまいましたので、僕は神経学者でもなんでもありませんが素人考えですが自分なりの考え方を書いてみたいと思います。結論から言いますと心の病気からの回復過程で心の揺り戻しはあって当然と僕は思います。僕が脳について自分なり勉強をした情報から、TMSという脳のニューロンの発火状況を確認するす装置を使った研究した結果人間の脳には下記のような三つの原則があるということがTMSという装置を使った脳のニューロンの発火状況研究した結果アメリカの脳神経学者の著書から知りました。「いっしょに発火するニューロンは一緒に繋がる」「類似のニューロンはいっしょに発火しやすく、いっしょになり太くなりより強化される」「使わばければ失う」この三つの原則は脳卒中による麻痺状の回復のためリハビリ方法に有効なのだそうです。たとえば麻痺した手のリハビリをする際、麻痺側の手だけでなく、健常側の手も同時にリハビリで動かすことが有効なのだそうですつまり「いっしょに発火するニューロンは一緒に繋がる」「類似のニューロンはいっしょに発火しやすく、いっしょにな...