人間について

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苦しいとき、僕を支える3つの言葉

身体が痺れ、痛くて痛くて、正気を失いそうになるときや半身不随となってしまい、数えきれないモノを喪失したことや日々の屈辱感や怒りや悲しみに襲われ、心が崩壊しそうになるとき、僕は3つの言葉を唱える人生一切皆苦人間諸法無我世の中諸行無常この3つの言葉を唱えると僕の心は落ち着いてくる身体的、物理的な痛みや痺れさえも和らいで感じられるのだ僕にとってはこの3つの言葉は「魔法の言葉」のようであるそんなことから人間すべては心の持ち方である!技術力や経済力は関係ない!心次第で何とでもなる!心がすべてとあらためて感じるのだiPhoneからの投稿
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何のために・・誰のために・・生きる?

脳出血で障害者になって以降僕はこれから何のために生きればよいのだろう・・そんなことをさんざん考えてきたそれまでの生きる楽しみ・意義というようなものはほとんど全て失ったに等しい・・好きなスキューバダイビングはおろか、泳ぐことさえままならない歩くことさえままならないから観光、旅行、スポーツというような楽しみは一切なくなった。それはいくら財産やお金があったとしてもだ・・以前のように仕事に生きがいを見つけることも難しくなったこんな身体でページもうまくめくれないから、紙の書類一つまともに読めないフットワークよく活動もできない運度能力は以前の20分の1ほどだと思うだから仕事で成功してそれに意義を見出すことも難しい・・それに絶えず襲ってくる激しい疼痛・・これだけでも精神的に参ってしまうこんな僕はこれからいったい何のために生きれば良いのだろうそんな事を考えてきた・・じゃあ誰かのため?少なくとも自分のためではないと思う「自分のため」ならこんな苦しい身体で生きていたくなんかないというのが正直な気持ちだじゃあなぜ、今、お前は生きているのだ???そこで気が付いたのは「自分のため」や「何かの(なにかを達成する)...
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苦しいとき、、

苦しいとき、、それは痛いとか、痺れるとかいう物理的な苦しみだけではなく不自由さが悲しく、自分が情けないときかも知れないそれは理不尽なんかに対して怒りに満ちあふれたときかも知れないそれは憎しみに満ちあふれたときかも知れないそれは何かに怖れおののいているときかも知れないものごとが思った通りに進まず焦り慌てているときかも知れないいずれにしても苦しいときなんてそんなときではないだろうか少なくとも僕はそんなとき苦しいそんなとき僕は自分に言い聞かせる一切皆苦諸行無常諸法無我無私無欲と唱えるものごとは心にもとづき、心を主とし、心によって作り出されるだから苦しいときこの四つの言葉を唱えるのだ「我」をなくすことで思うがままにならぬ事(世の中の事象、人間関係から出る様々な軋轢、そして、病、老、死など)そんな思うがままにならぬ事を思うがままにしようとして思うがままにしようとしてならず苦しむこというような事はしたくないだからこそ、この四つの言葉を唱え「我」をなくすことで思うがままにならぬ事を思うがままにしようとしたいという心を(捨てられるものなら)捨てたいと思うもうこれ以上、苦しみたくないから、、
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植物のように

生きとし、生けるものには、他の生き物を害し損ね、食しなければ命を保つ事ができないという「悲しみ」があるしかし、生き物の中でただ、ただ、ひとつだけ、あの美しい緑と美しい花を咲かせる「植物」だけが、、、水と太陽と空気、そして、地中のわずかな有機物やミネラル分を糧として、生きるために何ものをも傷つける事なく自らの力のみで命を繋いでいるそして、どんな風雨にさらされても何ひとつ文句も言わず、ただ、ただ、自然の成り行きに身を任せ、そして、枯れるときにはひとり静かに土に戻り、やがて堆肥などとして、他の生き物を生かし、作るものとなり他の生き物の糧となる植物は自ら動く事もできず、ただじっと静かにしているだけにも関わらず、そうやって自らの力のみで命を作り、命を繋いでいるそれだけでなく、他の生き物の命の糧にまでなっている今、こうして健常者のようにアクティブに動く事ができず、パフォーマンスが著しく低下した僕が人の役に立ちたいと思うとき、そんな植物のようにじっとしていても他の人の糧となれるような人間になる事ができれば良いな、、そんな風に思ったりする僕だけど、動く事が辛いと言いつつ、止むにやまれず、今日も茨城まで...
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自分の心、、

何に怒り、何に悲しみ何に憤り手に取るように分かるのに制御ができない自分の心、、難しいな、、自分のモノであって、自分のモノでない難しいな人間の心って、諸法無我、、
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シンガポールに会社を設立?・・・

本当に予想外の展開になってきた。。まもなくシンガポールに会社を設立するかもしれない・・フィリピンでの太陽光発電事業ミャンマーへの長寿命(30年寿命)超大型蓄電池(1000世帯1週間分の蓄電)の設置事業等々に首を突っ込むことに。。。。日本の会社清算後、障害者になってまた会社設立するなんてしかも海外に・・もうっとても予測不能だな・・自分の人生・・なるがままに。。。身を任せるとするか・・なんだかんだ言ってもこの激痛の続く不自由な身体ではできることは限られているし・・
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この身体に仕事のストレスはキツイ・・・・

仕事にはストレスはつきもの・・全てが順調に行くことなんてまずない思わぬ意見の食い違い・・思い違いによる諍い・・ケアレスミスによる思わぬ大失敗・・それでも健常者のときはこんなストレスを吹き飛ばしたり、或いは気持ちの切り替えが結構うまくできていたと思うでも四六時中左半身が痺れて、不自由なこの身体でこんなストレス絵お受け止めるのは正直キツイやっぱり障害者には「普通の」仕事はは無理なのかと凹んでしまう・・やっぱりキツイこの身体・・自分の身体ながら恨めしい
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なるがままにこの身を委ねるしかない??

大欲を持つことなかれ、、そして欲に支配され、欲に引きずられるなかれ悲しみも、怒りも、憤りも、焦りも全ては欲を持つ心のなせるわざ、とはいうけれど、、、僕はただ、健常者に戻りたいだけほとんどの人もただ健康でいたいだけこんな望みさえも大欲なのだろうか確かに、脳卒中による半身麻痺はほとんど完全回復しないし、完全回復した例はないだから回復したいという望みは大欲であり、この欲に囚われ苦しいのかだから苦しむのかだとしたら、この世の中も、自分の身体さえも、、なるがままに身を委ねるしかないのか僕はただ普通に歩きたいだけただ普通に左手で御茶碗を持ちたいだけほんの1時間良いから痛みも痺れも感じない1時間がほしいだけそんな望みさえも大欲だから消せというのはさすがに難しいないや 無理!かもしれない人は、自らの病気さえも、または死さえもコントロールできないなるがままに身を委ねるしかない・・難しい・・生きるって本当に難しい・・そして苦しい思うがままならぬ事を思うがままにしようとして思うがままにならないとき、人は苦しむという思うがままにならない左半身思うがままにならない痺れと痛み正に、生きる事は苦だ!などと身を持って...
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人事を尽くして天命を待つ

人事を尽くして天命を待つ・・というけれど・・今僕はまさにその状況・・この身体でやれるべきはやった・・細かい失敗もしたけれど・・それはそれ、そのとき良かれと考えて精一杯の行動の結果である後悔しても始まらないあとは待つのみ・・・待つというのは本当に心のコントロールが難しい今回の結果によってシンガポールに会社設立できるかどうかが決まるから・・気が焦る・・悪い方向に考えてしまったりもするシンガポールに会社設立さえできれば・・大きな飛躍だ日本の環境技術の世界への普及の一大拠点にするつもりだ。今はただ待つのみ・・
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「病気」は理解される 障害は理解されないのかも?

最近思うのだが身内にしろ、他人にしろ自分が苦しんでいることをどのようにどんなふうに苦しみを感じているかまでは良いけれど(それは本人でないと理解するのは不可能だと思う)少なくとも苦しいのか苦しくないのかさえ、理解してもらえないほど辛いものはないそして思うのだが理解してもらえるのが「病気」であり、理解されてもらえないのが「障害」ではないかと最近、思うのだ典型的なのが目に見えない障害と言われる精神障害たとえばアスペルガー症候群これだって外見からは全く障害を負っているいるなんてわからないでも本人はととてつもなく苦しんでいる。でも障害ってほとんどの場合苦しみの表情を見せることはないなぜなら、24時間1分1秒苦しんでいるから・・耐えているから・・だから周囲の人は気付かないもし24時間1分1秒大声を上げて苦しみもがいていたら、周囲の人は不快なだけそれがわかっているから・・それに大声を上げて苦しみもがいたところで何も解決しないから・・でも「病気」は違うほとんどが一過性のものだから「早く治癒してほしいと訴え」苦しみもがく熱も出る脈拍異常も起こす顔色も悪くなるだから周囲の人は少なくとも苦しいんだろうという...