人間について

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「許す」というのは僕の人生のテーマ

「許す」というれことは攻撃したり責めることよりも精神エネルギーを必要とすると思う人間、生きている中でさまざまな「許せない」出来事に出会うそのとき「相手」を責めるのは、攻撃してなじり潰すの誰でもできるでも「許す」ということはとても難しいものすごい精神エネルギーを要すると思うそんな意味で許さない人間より、相手を許せる人間の方が強いと思う。許せない対象は人によってさまざまだと思う決して人だけではない許せない出来事許せない社会許せない人間僕にとって許せないのは自分の人生そのもの自分を襲った難病(もやもや病)息子まで襲った難病(もやもや病)そして人生を一変ささられた脳出血それによって日々襲ってくる痛みや不自由こんな人生じゃなかったはず・・という思いのある中で、すべて今でも許せない対象だどうしたら許せるのだろう「許容」とでも言うのだろうかこれらのことがすべて許せるようになったとき初めて本当の心の安寧を得ることができ、本当に強くなれるのだろうそんな意味であらゆることに対して「許す」という事は僕の人生で挑戦すべき最大のテーマではないかと思っている
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前から気になっていたこと「視床痛」は左麻痺に多い?

前から気になっていたんだけど・・やっぱり「視床痛」って左麻痺の人(つまり右視床損傷)に多いんだ僕のブログを見てコメント頂いている同様の症状の人の数が左麻痺に偏っているとなんとなく感じていたけれど、やっぱり正しかった!・・以下のページにこんな書いてあるのを見つけた「データ上は劣位半球である右視床障害例ということで左半身の視床痛が多数報告されています。」意味がわからん・・(~_~;)劣位半球って何だ?何でもいいけど、左麻痺特有?のこの痛みと痺れは何とかならんのか・・・このまま一生付き合っていくと思ったらゾッとするこれさえなければ、手足の麻痺くらい大したことないのになぁ・・ただ一つだけ・・自分で編み出した痛みと痺れを和らげる方法それは・・感動の涙・・コレ・・治癒のヒントにならんかなぁ・・どっかの大学病院の先生・・研究してみてくださいな・・涙くらいくらでも出すから・・苦笑
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今日思ったこと

悲しいときには泣けば良いと思う辛いときにも泣けば良いと思うでも耐えねばならぬときには涙を流してででも耐えなければならないと思うその耐えた心がいつか心を強くする薬になると思うなどと、なぜか今日思った
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心の炎が燃え上がるまで・・

僕は最近、心の無理をしないようにしている心に炎が着火するまで待つのだ心の炎がも燃え上がらない状態で行動してしまうと失敗する・、何事もうまくいかないと感じるからだから待つ、ひたすら待つ心の炎が燃え上がるまで・・心に炎が着火していない状態でいくら油を注いでも油でドロドロになるだけ・・それは失敗を生み、余計にネガティブな心の深みに嵌る気がするからひたすら待つ何がきっかけで心に炎が着火するかは、まだわからないけれど・・身体の痛みや痺れが来ても「これは乗り越えるべきもの」と思え始めればしめたもの・・心に火が付き始めた兆しだ・・それまでひたすら待つ・・心の炎が燃え上がるまで・・行動のすべてが心次第で変わると思うから・・
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気が重いうえに身体が重いと最悪・・

今から仕事に行くちょっと気が重いことがあるので横になって考えていた気が重いうえに身体が重いと最悪である・・起き上がる気がしない・・気力以外にない!ファイト!まずは行動である!案ずるより産むが易し!
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素直さに小さな感動・・

僕は今とある会社で18時から23時まで働いている食べていくために・・昼間はNPO法人の活動をしたいのでこんな時間帯の仕事を選んだ。そして僕はある作業の「管理者」として雇ってもらっている左半身が不自由なので「作業」なんてできないからだその作業者の中に最近入ってきた若干20歳の中国人女子留学生がいる4月に日本に来て、日本で働くの初めてだとのこと・・とてもまじめによく働く子だ。定時がきても仕事が「一段落」するまでは帰ろうとしない。。たいしたものだいまどきの若い日本人でも退社時間がきたらさっさと帰ろうとするのに・・そして先週末その彼女からお願いがあった。来月の給与だけを前倒しで欲しいと・・8月25日の給与を13日に前倒ししてほしいと・・聞くと17日に親元に帰国するから日本のお土産を買って帰ってやりたいとのこと初めての海外渡航であこがれの日本(昔日本人がアメリカに夢を求めて渡航したときのような感じだろう。そこで初めて働いて稼いだお金で両親に何か買ってあげたかったのだろう)僕は、じゃあ社長に聞いてみてあげると言ってあげたとても嬉しそうだった何度も「ありがとうございます」と言われたところが社長は「N...
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心の働き、感動の力ってすごい!

昨夜の中国人女性の謙虚な素直さにちょっと心が感動しただけでけさの目覚めはすがすがしいそれどころか痛みや痺れまで激減している!昨日の午前中気が重く身体が重かったのは前払い却下の通告をすることが重荷だったんだって気が付いたでも昨夜、僕は久しぶりに謙虚で素直で頑張り屋さんな人間に出会い心のエネルギーをもらったような気がした!こんなに朝早く寝覚めてすがすがしい朝は何年ぶりだろうありがとう!
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心の糧

こんな脳卒中の後遺症という病を抱えて生きるなんて辛くないなんていうとウソになる毎日半身が鉛のように重く、且つ痺れ、痛む・・こんな毎日を耐えるためには強い心が必要だ・・強い心を維持するためにも心の糧が必要だ心の糧とは・・毎日イヤなこと(裏切られるようなこと、騙されるようなことによる怒りや悲しみ)ばかりだとどんな人間でも強い心を維持するのは難しいと思う心が折れてしまうと思う少なくとも僕にとって強い心を維持するための心の糧とは「感動」だと感じている昨夜の出来事のような小さな感動の積み重ねが心を強くしてくれる身体の痛みや苦しみに耐える心、「感動」はそんな心にしてくれる「よし!僕ももう少し頑張って耐えてみよう!」と・・思えるのだ感動こそ心の糧だと思うあのアインシュタインも「感動しなくなったら生きていないのと同じ」と言ったという感動こそ生きている証し・・そんな意味で生きている間にたくさんの感動をしたいと思う感動・・そして感謝 ・・いつもそんな気持ちでいれたら良いのにと・・思うこの病いの苦しみから少しでも解放されるためにも・・
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役割を演じ切る

僕は生きていく中で「役割を演じ切る」ということに以前からこだわっていっる「役割を演じ切る」とはどういうことかというと、例えば現代の学校の先生は「聖職者」としての役割(例えば高潔であるとか、正義感が強いとか清廉潔癖であるとか)を演じ切れていないと思う。その結果として、生徒はが学校の先生先生方軽んじ、師をあおぐ気持ちがないだから先生も教える張り合いがないけ結果として生徒も学びが身につかない。こういう状況は社会にとっても大きな損失であると思う。やはり、聖職の師として先生を敬い、謙虚に師事する心構え(姿)から一言一句が身につき成長するにものではないだろうか。親を大切にし、上司に敬意を払う、先輩に礼を尽くし、師匠に懸命に仕えるそんな敬うべきものに対して、素直に敬う心から相手の言うことを吸収し、自分自身の高めることができるのではないだろうかそのためには先生や上司あるいは親たるもの「役割を演じ切る」という姿勢が必要だと僕は思っている昨今マスコミが、「親」や「先生」など本来敬うべき人たちの醜態を暴露する傾向にあるように思うこれでは「役割を演じ切る」ことはできないと思う。人間である以上、完璧な人間など存...
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治るんだよな・・

昨夜何気なく映画のDVDシルベスタースタローンのロッキー2を観ていた。ご存じのようにロッキー1の最後にアポロ(カールウェザース)にメッタ打ちにされて血みどろの状態になりながら再起して再戦して勝ち世界チャンピオンになるんだけど・・あれだけ血みどろになりながら、外傷って治るんだよなって思ってしまった数週間の入院で・・でも脳卒中の後遺症の片麻痺で完治したって聞いたことがない麻痺の不自由、痛み、痺れとはたぶん一生付き合っていかなきゃいけないんだろうな例え数週間でも「治る」のと「治らない」では全く違う。僕もリハビリ」病院には5か月も入院しリハビリに励んだ(当時は完治するものだとばかり思っていた)でも治らないんだよ。メディアではいろんな最新リハビリが紹介されるけどそのたびに問い合わせするけどCI療法も、川平法も・・僕が感覚障害だと言うと「回復は難しい」と言われてしまう。たとえ数週間でも、いや数か月間でも入院して治るなら・・うらやましい