人間について

人間について

障害者なったからと言って忘れたくない生き方と考え方

障害者なったからと言って忘れたくない経営者だったころ考えていた50の生き方と考え方もう一度、復 唱!1 常識外れの機会を掴む。2 自分の本当の目標や夢が何であるか考え、発見する。3 楽観的で肯定的で思想家。4 高い整合性を持ち、常に真実を話す。5 目標を達成するために詳細な行動計画をたてる。6 常に知識の追求をする。7 生活の中で常に練習をする。成功するまでじっと辛抱する。8 優先事項を定め、一番重要なことに常に焦点をあて集中し続ける。9 創造的で想像力豊か。10 明確なコミュニケーション能力を持っている。11 ソリューションを模索できる。12 自分自身が成功しているヴィジョンが明確に描けている。13 文句を言わない。弱音を吐かない。14 他人を非難するのではなく、自らその行動に責任を取る。15 野心的であり、効率的である。16 自らが人生で望むものについて非常に明白。17 常に働く。18 生涯学習。19 甘い汁を信じていない。求めていない。20 不可能をあえて行う。21 適応性と変化を受け入れる準備がすでにできている。22 物理的に適合している。23 怠惰と無気力さを放棄する。24 ...
人間について

煩悩排除・・無 空、無我で楽になりたい

障害を負ったことを苦しむのは心がきっと弱いから・・心の強い人はどんな困難に向きあっても平静を保つ、動じない僕は辛くて辛くて仕方がない、これもきっと健常者に戻りたいという(たぶん煩悩)があるからだ.身体的痛みに苦しむことさえ煩悩があるからだ人は煩悩の塊・・この煩悩をなくすには・・いわゆる「空」になるしかない。インドの人は偉いものだ「空」とかゼロとか「無」いう概念を世界で初めて説いた(発見)のはインドの人「空」僕なりの解釈は「無」「無」ほど強いものはない人間は「有」だから永久に「無」なんて理解できない「無と」か「ゼロ」とか「無現」とかなんとなくあこがれるなぜなら心が「無」であれば苦しむことも、悲しむことも、怒ることもないと思うからきっと身体的痛みに苦しむこともないと思っている。それができない僕はまだまだ人間修行不足・・きっと自我が強すぎる無我になった方が楽になれるのに・・死が「無」だと感じたいのもそういう考えからかもしれない。死んでまで苦しみを味わいたくないから。生きている今でもう充分・・せめて死後くらい無になって平静であったほしい生身の人間である限り自我を捨て無になることなんて不可能だそ...
人間について

不覚にも、、涙が・・

昨日、高倉 健さん主演の映画「あなたへ」を観に行ったこの映画の最後の15分ほどは不覚にも、涙がとまらず、咽び泣いてしまった。この映画を通して感じたこと人間は誰しも善人、悪人を問わず、必ず死は訪れると言う事そしてそれは悲しいかも知れないけれど周囲の人(特に家族)はその死に囚われてはいけないと言う事人は皆、生きている限り、自分の「とき」をしっかりと生きなければならないそして、僕は思った。万が一僕が再出血して人生の幕を降ろしたとしても、息子にも家内にも僕の死に囚われないで欲しいと、、そんな事に囚われずに、惑わされずに自分の生きる今このときをしっかりと生きて欲しいと、、なぜなら死は誰にでも、平等に来る「普通の事」なのだから・・この映画を通して田中裕子さんが歌い流れていた宮澤賢治の歌「星のめぐりの歌」が胸に染みたさすがは宮澤賢治作、、、地上の貧困などな辛い状況の中で、、夜満天の星に希望と安らぎを見出そうとしていたからこそ生まれたのであろう素晴らしい詩だと感じた。人は本当に苦しいときほど美しいものを生み出すものだと・・この歌を聴くといまでも目頭が熱くなってしまう。
人間について

また新たな志を見つけられそうだ・・

また新たなNPO法人を設立するかもしれない。。今度は・・僕のような障害者のリハビリを支援するNPO法人だご存知の人も多いと思うけど・・リハビリは発症から6カ月以上経過した段階で保険適用されなくなるなぜか6カ月リハビリをして回復しない場合、もう二度と回復しないと(厚労省のお役人に)判断されムダな医療費抑制のためだとのこと・・だから病院から見放され、リハビリをしたくてもできない障害者が多くいるそんな障害者のためにある理学療法士さんの支援もあり、NPO法人を設立し、リハビリを施術し、しかも理学療法士同志の交流や勉強会をしてリハビリ技術の向上を目的とするものだ。これは面白いというかやりがいがある。また一つ志が増えそうだ
人間について

守護霊とか神様とかは【絶対に】存在しないと確信するもう一つの理由

良いおこないをしていたら祖先の霊が、守護霊が、神様が、守ってくださるという奴がいるだったら僕の息子はたった5歳でなぜこんな苦しい思いをしなければならないのか3年前のもやもや病の虚血発作防止のための脳血管吻合手術後のICUの息子教えてくれ試練?!まだ物心もついたかつかないかの年齢だぞなのに試練?アホかと言いたい。前世からの輪廻?これもアホか僕にとっては前世なんて関係ない目の前の苦しんでいる息子が全てだ!現実だだから僕は僕の脳出血も「自然そのもの」息子に遺伝したもやもや病も「自然そのもの」そして「現実」に過ぎない。だからもやもや病も自然の生き物の中に一定の確率で起こる血管奇形にすぎない。難病も自然の一部!守護霊も神もクソもないそして死も自然の一部であり、「無」以外のなにものでもない。だって僕亡くなった僕の叔父、叔母、祖父、祖母はどこにもいない焼却されてCとOとHに分解された人間としては無そのものだただ唯一、、、僕の心の中にだけはその面影が、言った言葉が、遺っているだから心が全てだと思う。その心さえも脳である(だって脳が病むと心も病むのだから)脳であるが故に死後脳が消滅すると同時に消滅する
人間について

道行く人々を眺めていると・・

最近、自動車からでも部屋からでも外の道行く人を眺めているとふと思う・・なぜ・・あんなにうまく脚が運べるのだろう・・うまいな・・それに比べて僕はなぜこんなにぎこちなくなぜこんなにも脚が重いのだろう・・まるで壊れたロボットを操縦しているようだ・・決して脚そのものが悪いわけではない筋肉もある骨もしっかりとしているなのにうまく運べない・・脳がコントロールできないだけ・・ただそれだけなのになぜこんなに辛い?
人間について

blackbird&Mother nature's son

BlackbirdとMother nature's son・・僕が唯一フルコーラス歌う事ができ、ギターを弾けたビートルズの2曲左利きだった僕は、中学生時代からポールマッカートニーに憧れギターの弦をわざわざ逆に張り替え、左で弾き一生懸命練習して弾けるようになった2曲その左手も今は全廃・・・弦を張り替えたギターだけがまだ押入れに眠っている二度と誰にも弾いてもらえないだろう・・
人間について

神も御先祖の霊も人の心の中に棲んでいる

僕は以前から神とか霊の存在を一切否定しているでも神とか霊を。いや宗教とでもいうのかそういうものを信じる事自体を悪いと言っているつもりはない(但し、神に「依存」して自らが思考停止する人は軽蔑するが、、)この相反するような考え方にどう自分の中で折り合いをつけ、納得させれば良いのかなやんでいた。ところが今日、ある読者さんの一言で吹っ切れた。それは神が心の中にいない人はダメ、、という意味の事だった、その瞬間、吹っ切れた!そうだ!神も御先祖の霊も僕の心の中に棲んでいるのだ、、と例えば、僕の母の一番上の兄(僕にとっては叔父)は戦時中、満洲で戦死したそうだその叔父は秀才で、且つ働き者で、優しい人間だったと幼い頃から祖母から聞いていたもちろん会った事はない母の実家の床の間に軍服姿の若かりし叔父の掛け軸の優しい顔をした叔父の絵を見た事があるだけだった。それでも僕の心の中には叔父が居るようだそして、障害に負けるなと言ってくれているように感じるのだそう、叔父の霊は僕の心の中に棲んでいるのだ!母や祖母から聞いた叔父のイメージが、僕の心の中で鮮明に浮かぶそして僕に声をかけてくるのだ、確かに心の中に棲んでいるだか...
人間について

不安を蹴散らす

不安を蹴散らすには、どうしたらいいのだろう。何をやっても不安がつきまとうのなら、視野を広げて、新たな価値観をつくりあげたい。心から「やりたいこと」を定めるのだ!やるべきことが定まったとき、不思議と不安は消え失せていく
人間について

心に響くブラックジャックのストーリーの言葉ー2

心に響くブラックジャックのストーリーの言葉 第2弾ブラックジャックが本間丈太郎先生を助けよう外科医として力の限りを尽くすが死を迎えてしまう本間丈太郎先生が落胆するブラックジャックに死に際の本間丈太郎先生がブラックジャックにかける言葉・・-------------------------------------------------に・・人間が生き物の生き死にを自由にしようなんておこがましいは思わん・・かね・・------------------------------------------------今朝もNHKでIPS細胞による再生医療特集をしていたが、長生きすることが人間にとって本当に幸せなのだろうか・・そのことは以前の下記の記事にも書いているけど僕は自分だけ長生きしたいとは全く思わない