独り言

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梅雨はつらい

ここ数日左半身の痺れが酷い正直辛い、辛すぎ・・後遺症のしゃっくりまでひどい・・たかがしゃっくりといえど、24時間しゃっくりはつらい・・胃液が逆流してく苦しい低気圧と痺れ、いったい何の関係があるんだ!たかが数ミリバール気圧の変化ではないか。そういえば昔、小学校3年の担任の先生が梅雨の時期は、戦時中に負傷した古傷がうずき机に伏していたことを思い出した。軍隊経験のある強く、しかも魅力ある先生だったがそれでも、辛そうだった、、気力でなんとかなるものだろうか今映画「八甲田山」鑑賞中! 感涙ものだ。」皆、生死をかけて頑張っている僕も弱音を吐かず、がんばろうそれにしても高倉建はやっぱりカッコイイ
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もうちょい頑張るか・・!

脳出血から1年半・・僕の後遺症?は、麻痺よりも痺れがつらい・・もうそろそろ和らぐかと思いきや、ひどいときはまだまだ辛い何とかならんものか・・調べてみた何ともならんようだ・・<住友病院名誉院長(日本脳卒中協会名誉会長)亀山 正邦論文の抜粋>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━脳の中の病変で痛みや痺れが生じることを初めて報告したのはドイツの有名な医学者(Eddinger,1891)で、100年余り前のことです。その患者さんは視床出血のあと耐え難い痛みにおそわれて自殺した方でした。中枢性疼痛は他人にはなかなか理解してもらえない苦痛で、意外と知られていません。このため、適切な治療を受けられず、苦しんでいる方が少なくないものと思われます。末梢性の痛みや痺れに比べて頻度は低いのですが、より苦痛を伴い、難治性で厄介なのが中枢性の痛み⇒痺れです。脳卒中の病変が直接の原因となって痛みをきたすもので、視床出血や視床梗塞による視床痛のほかに、大脳の出血や梗塞による中枢性疼痛、脳幹病変による中枢性疼痛なども知られています。脳卒中後のしびれが、麻痺のある側の手足、体や...
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世界の水中写真

ブログネタ:ブログにのせる写真は何が多い? 参加中健常者のときはダイビングが得意で、そのとき撮影した世界の海の写真が自慢パラオの迫力あるバラクーダ魚群の写真が最高かな皮肉なことに素潜りで写真を撮った方がキレイに撮れることに気付いた矢先に脳出血に見舞われた・・もう二度と潜れない・・海よさらば・・(;_;)/~~~
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弱き心

苦境がくると。家族の絆は強まるとい言われしも、家族の支援を期待もできず、つらい痺れを耐えつつも未だ我大黒柱と歯を食い縛り頑張るが、未だ働く気ない妻に憤る我もまだ弱き心かな。。弱い者ほど相手を許すことができない許すということは、強さの証だマハトマ・ガンジー
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健常者だったころの自分の夢はいやだ

昨夜も自分が健常者だったころの夢を見た。。。海を泳いでいた。全身動いているドルフィンキックで潜る朝、目が覚めた左半身がやっぱり動かない。ドルフィンキックなんてやっぱりできないこの瞬間が一番キライだ!!!気持ちを持ち直すまでに時間がかかる。。
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脳卒中の後遺症は永遠に死ぬまで現在進行形

脳卒中の後遺症が他の病気と違うのはいつまでも過去の出来事にならないことである。 30台まで患った私の心臓病は手術で完治、発作時は苦しかったけど、心臓カテーテル手術も死ぬほど痛くて、苦しかったけど、無事成功して「過去」になりました。 今までのどんな病気も「過去」になっています。 ただ、今回の脳卒中の後遺症は「過去」にはならない。 家内は脳出血発症時の急性期病院で頭痛と嘔吐で苦しんでいた時期、 これからどうなるのか不安に苛まれていたときが一番苦しかったと過去を振り返るように言う。 今私は、かなり自立できてきている。でも私にとってはこの病気は何も「過去」のものではない 今、この瞬間も思うように手足が動かない、しゃがめない、走れない。 この苦しみは、現在進行形である。心が今の自分を何とか受け入れられるようになっだけである。 今でも、元気な頃の自分を思い出すと、時々胸苦しくなる。。 でもそんな素振りは一切家族には見せない。 所詮わかってもらえないからである。 周囲の人にとって私の脳卒中は過去の出来事になっているようだ。 今、私が杖で歩いていることが「普通」になっているようだ、 でも私にとってはこ...
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中枢性疼痛・・それでも私は生きている。

末梢性の痛みに比べて頻度は低いのだが、より苦痛を伴い、難治性で厄介なのが中枢性の痛みである。去年6月ごろから、私はこの中枢性疼痛に始終悩まされている。これは脳卒中の病変が直接の原因となって痛みをきたすもので、視床出血や視床梗塞による視床痛のほかに、大脳の出血や梗塞による中枢性疼痛、脳幹病変による中枢性疼痛なども知られている。痛みを感じとるセンサーは体中至る所に張り巡らされていて、その信号は末梢の感覚神経のケーブルを通り、脊髄を経由して脳の視床というところで情報処理され、最後に大脳皮質の感覚中枢で痛みとして感じられると考えられているのは周知の事である。普通の痛み、すなわち末梢性の痛みは痛みセンサーの刺激で生じるのだが、中枢性の痛みの場合は、手足の末梢には痛み刺激が加わらないのに、視床や大脳の感覚神経の情報処理の異常のために、いわば「脳の中で」痛みを感じてしまうわけだ。だから安心していていいのは、例え痛みが強くても、この痛みが原因で脳卒中の再発を心配する必要はないということだ。 痛みは、脳卒中の発症直後から起こることもあるが、多くは何ヶ月かしてから始まる。半身、特に手足のうずくような耐え難...
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こんなアメリカ人もいるんだ~

このテキサス親父っておもろい! 日本政府も「調査捕鯨」などとごまかさず、堂々と「捕鯨しています」て言ってほしい。
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相対性理論は人間関係の理論?

あの有名なアインシュタインの相対性理論は実は人間関係のことではないかと思う。一般相対性理論は時空の相対性というものから光を軸にして、速度の速いものは時時間がゆっくりと進む(実は相対的に時間がゆっくりと進んでいるように見えるだけだが・・)ここでこれ以上一般相対性理論のことを書くのは無理があるので、それはまたの機会に・・ところで人間関係も相対的なもので、例えば「自分が正しい」と思った瞬間に相手は「正しくない」ということになってしまうのが人間である。あくまで相対的なものなのだと捉え、捉え方を変えると全く変わってしまうものである。以前も書きましたが、下記は有名な「7つの習慣」の本の一節です━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ある日曜日の朝、ニューヨークの地下鉄で体験した小さなパラダイム転換を、私は忘れることができない。乗客は皆、静かに座っていた。ある人は新聞を読み、ある人は思索にふけり、またある人は目を閉じて休んでいた。すべては落ち着いていて平和な雰囲気であった。 そこに。ひとりの男性が子供たちを連れて車両に乗り込んできた。すぐに子供た...
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35年前の私の監督に会いたい

一昨年脳出血で半身麻痺になってから1年半強い中枢性痺れに耐え続け、動かない手足の苦悩に耐えてこられたのも昔、水泳部のときに徹底的なスパルタ練習耐えたことが今の自分の心の強さの根源だと思っている。中学生のときだったからもう35年も前のことだが、あのころの練習にがよく耐えたなぁと思っている。夏休みの一日練習では2万m近くも泳いだなぁ・・午前中の練習インターバル 流し400mコンビ50m20本プル50m20本キック50m20本コンビ100m10本コンビ200m5本コンビ400m3本コンビ50m20本ダッシュ25m60本合計11200mそして午後も同じメニュー今の時代はあの北島でもこんなムチャな練習はしていないだろう。まさにスパルタだった。 「一日中練習してろ!そうしたら手に水かきがついてくるわ!」と怒鳴られたことを今でも忘れも竹刀タイム落ちてくると「気合が足らん!」とコース台にたったと竹刀で太ももを叩かれた、痛かった。。このとき僕は根性というものを教わった気がする。それまでの僕は運動苦手で、根性なしだったと思う。苦しいときはいつもそのときのことを今でも思い出す今、障害に苦しんでめげそうになっ...