人間について

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焦るべからず、焦る必要なし

このところちょっと焦っていた・・某大手通信会社からの薄膜太陽光発電モジュールの説明会依頼のキャンセル・・シンガポールのユダヤ系投資グループからの無応答・・赤道ギニアのブレーンからの無反応・・反応がないと焦るものだ僕はこういうとき、相手の状況を把握するためにわざと別の案件の提案をしてみる。支援者のお蔭で提案する弾はたくさんある・最新型風力発電・BOPビジネス向け商材・健康食品で弾を飛ばしてみた・・そうしたら全ての案件が着々と動いていた!やっぱり人事を尽して天命を待つべきなのだろうこの身体で、なし得る限りの力を尽してきたつもりのだならば心静かに起こってくる事態を待てば良いのだろうこのあとも・・期待通りの事もあろう期待に背く事もあろうどんな事態が起こっても心静かに起こってくる事態を待つしかないか・・
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左手よ 本当にもう「さようなら」かい

どう見ても傷一つない左手よ本当にもう動かないのかい器用に動いていたのにな今見ても血行ひとつ悪そうじゃない健康そのものそうじゃない本当に「死んじゃった」のかい診断書には「廃用」なんて書かれてるけどさ左手を動かす脳細胞がほんのちょっと死んじゃっただけらしい健康そうな左手を見ていると今にも動き出しそうなのに・・左利きだったからな 僕は、、こんな傷ひとつないのにもう本当にお別れかい最先端癌治療が開発されたのとかって言っているのに傷一つない骨も折れてない腕ひとつ動かす医療技術もないまだまだ「スクラップ行き」は早すぎると思うんだけけどリハビリ医療って案外進んでないような気がする癌治療なんて生死に関わるもんだから治療法を開発されると脚光を浴びるだからちょっと治療法開発に手を抜かれてるんじゃないかと感じる医療者はどこまで真剣に考えてるんだろう片手一本くらい動かなくたって死ぬわけじゃないって程度に考えられてるんじゃ・・?でも実際片手一本動かないだけで日常生活は本当苦労するもちろん左足も・・恐ろしいほど行動が制限される。快活に動いていた頃が懐かしい・・健康そのものそうな左手を見ているとやっぱりまだ「お別れ...
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諦めちゃいけない

人間何でも諦めちゃいけない諦めたら本当にそこで終わりになる成功するまでやるから成功になる失敗で終わるから失敗になるただそれだけのこと・・だから諦めちゃいけない絶対に・・・
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「ごめんなさい」は逃げの言葉「ありがとう」は覚悟の言葉

人は誰でも物事につまずくとがある。僕なんか障害を負ってからというものできると思ったのにできないことだらけになってしまっており、つまずくことだらけだ人に迷惑ばかりかけている頼まなきゃできないことだらけ・・そんなとき「申し訳ない」という気持ちを伝えたくなるでもそのとき「ごめんなさい」ではいけないと思うのだ「申し訳ない」という気持ちを伝えたいなら「ありがとう」というべきだと思う。「ごめんなさい」は自分を逃がす言葉だと思う「ごめんなさい」は自分にとっても相手にとっても決して「ラク」にな言葉ではないと思う「ありがとう」と言えるようにしようと思う。「ありがとう」は感謝の言葉であり、且つ覚悟の言葉であるとも思うこんな自分に付き合ってくれた相手に「ありがとう」といえるかどうかほんのちょっとした違いだけれど「ありがとう」と言えるだけで心の持ち方が全く変わると思うのです。「ありがとう」と言えるように心掛けよう
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やりたい事(志)を見つけることが意欲の源泉であり、生きるため大切な柱

志は自分の人生のにとっての拠り所(自分の人生の柱)だと思うのです。志からやる気と意欲が湧くのだと思います。志とは簡単に言うと「自分が(どうしても)やりたいこと」で良いと思う。それは「自分にできること」でなくても良いと思うのです。そうではなく「自分にはできないかもしれないけど」やりたい事で良いと思うのです。やる気と意欲があるから(自分の人生の柱)があるから苦しいとき、悲しいとき、辛いとき、その志をしっかりと見つめ自分で価値があると信じている行動(やるべきこと)があるから不安に怯えたり、迷いに翻弄されることがなくなると思うたとえそれが「今の自分にできない事」であっても「やる気」と「意欲」がやれるようにするための道筋を作っていくのだと思うのです。厳しい言葉のようですがやりたい事が見つからない人に進むべき道はないと思う自分の中にやる気(意欲)を見つけたときに初めて進むべき道が定まると思うのですだからこそ「生きる上で自分がやりたい事が見つけることが最も大切だ」と思うのですとは言っても現在の世の中で「やりたいことが見つからない」という人はとても多いような気がします僕が健常者の頃もその一人だったよう...
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夢を見る活動が不安を蹴散らす

人は夢を見ることで成長するチャンスを得ることができる夢に向かって努力を継続することが不安や心の苦しみを蹴散らす唯一の方法たとえその努力が報われなくとも新たな自分がそこにいるのです。少なくとも僕はそう思って日々生きています
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頼られる張り合いこそが僕の生きる意味

脳出血で半身不随の障害者となってしまった僕が発症当時、最も恐れた事・・それはきっと誰からも頼られなくなるのではないかという事だったように思う。逆に誰かに頼らなければ生きられなくなるそれがいちばん怖かった許せなかった・・それまで頼られることが張り合いだった妻から・・息子から・・自分の会社の社員から・・だから頑張れたと思う。それは今でも同じだ障害者でも頼られる張り合いがあるからこそ頑張れる痛みにも耐えられる障害者でも大きな目標を持ってみようと思う障害者になったからといって何も頼られないなんて悔しい頼られる張り合いこそが僕の生きがい僕の生きる意味だと感じている。頼られている事を感じることができるから身体がどれだけ辛くても生きようと思えるだからどんなに傷付いてもいつまでも大黒柱でありたい寄りかかってきてほしい
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「同志」の方々へのメッセージ

この私の拙いブログを読んでくれている人の中にもし病に苦しんでいる方がおられたら伝えたい事です貴方に痛みがあるのは貴方のせいではありません。それは病気が引き起こすものですそれについて正論を求めようと悩むのは止めてください単純に痛みや苦しみに対する考え方は勝つか負けるかなのです痛い事に耐えることができれば(もちろん薬で抑えられる場合はそうしてください)また、苦しさを乗り越えることができれば貴方の勝ちです痛み・苦しみとは戦争なのです。勝つか負けるかなのです痛いとき、苦しいとき、単純に闘って勝利してください痛みや苦しみに悩む事はしないでください結論は出ませんそういう状態のときに悩みという敵を増やすことで人は負けや易くなってしまいます間違えないでほしいのですが病気と闘うなとは言ってませんどうにもならない痛みとは闘ってください病気にはその症状を緩和する工夫で向き合い痛みとは心が負けないよう戦争をするそういうことです薬を使うなとも言っているわけではありません薬で治まる痛みには薬を使ってくださいでも薬が効かない痛み・苦しみとは、正々堂々と戦争をしてくださいでも何度も言うようですが痛みや苦しみに悩む事は...
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いつまで続くのかこの痛み

いつまで続くのかこの痛みいつまで耐えなければならないのかもう3年疲れてきたいつまで続くのかこの痛みいつまで耐えなければならないのかもう3年疲れてきたいつまで続くのかこの痛みいつまで耐えなければならないのかもう3年。。疲れてきた我慢にも限界があるもう我慢ならんとなったとき僕はどうするんだろういつまで続くのかこの痛みいつまで耐えなければならないのかもう3年疲れてきたいつまで続くのかこの痛みいつまで耐えなければならないのかもう3年。。。疲れてきた血も出ていない傷もないから誰にも理解されない痛みだから声もかけらえないそんなとき孤独を感じるいつまで続くのかこの痛みいつまで耐えなければならないのかもう3年疲れてきたいつまで続くのかこの痛みいつまで耐えなければならないのかもう3年。。。疲れてきた死(余命)の宣告をされてみたいだって死はこの苦しみからの永遠の解放なのだからなんて思う僕は弱いのだろうかとにかく誰かおしえてくれこの痛みにいつまで耐え続けなければならないんだ!!?
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病を許すことができるか

弱い者ほど許すことができない 許すということは強さの証しだこの言葉はブログ冒頭にも書いてますがあの有名はマハトマ・ガンジーの言葉で僕が最も大切にし、いつも唱えるようにしている言葉の一つですこれは人に対することだjけではないと僕は思っている僕は僕や僕の息子を襲った難病もやもや病を許すことができるか僕を襲った脳出血やそれに伴う障害を許すことができるかそして四六時中僕を襲う痛みや痺れさえも許すことができるか更にいずれくるであろう死をも許すことができるかこれらの「災難?」は人間である以上避けることのできないブッダの言う「病・老・死」だこれらを全て許すことができたならきっと僕もすごく強くなれるだろうそして生きることがどんなに楽だろう