戯れ言

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私には才能はない、つまり天才肌ではないので書籍を読むスピードが非常に遅い

私には才能はない、つまり天才肌ではないので書籍を読むスピードが非常に遅いが、その代わり、普通の人より10倍くらい書けないと1冊の本を読むことができない。 おおむね1冊の本を読むのに1ヶ月はかかってしまうのが僕だ。その代わり、文章の行間に著者が言わんとしていることが隠されている事を感じることが多いので、それを読み取ろうとして1行1行をじっくり読んでしまうために私は本を読むのが遅くなってしまう傾向にあると思う。そのかわり、 1ヶ月という時間をかけて1冊の本を読んだ後にはその本に書いてある文字情報だけでなく、その著者が言わんとしていることをしっかりと理解できている様な気がしている。これは自分の惚れなのだろうか?
コレではもう無理かな 戯れ言

コレではもう無理かな

この半身不随の障害者の身体 世帯は別にしろ プレハブのようなこの住まい 夏は酷暑、冬は極寒 この環境で眠れず身体が悲鳴をあげているのが分かる 電力は夏は冷房で2万冬は暖房で4万 一昨年の大腿骨骨折入院で貯蓄は使い果たす 給与は母の生活費と息子の養育費で赤字 半身不随の障害者の身体では限界だな 弟の言うとことは母は全て是 私の言うとことは是全て非 失敗だらけだったけど、 自分なりに精一杯生きたよな でも、もう生きる意味を感じない もう疲れたなぁ 還暦はもういいな
働き方改革はこれで本当に良いのか? 勝手気ままな戯言

働き方改革はこれで本当に良いのか?

久しぶりに記事を書きます。 ブログ再開です。 というのは最近のいわゆる「働き方改革」という制度?、制度というよりポリコレに過ぎないと少なくとも僕は感じています。 なぜ「働き方改革」に問題意識を持ったかと言うと、以前から問題だと感じていましたが、最近、障害者枠で勤め始めた会社が この働き方を忠実に実行しているようで、ほとんどの場合、残業は認められず、定時で帰宅しないといけないからなのです。 たとえ、仕事が多少遅れていようが、仕事が中途半端な状態であろうが、定時に帰宅しないと問題行動と捉えられてしまうのです。 僕はIT系の会社を立ち上げる前に勤めていたIT系の会社(このIT系会社から独立して会社を立ち上げた)の社長から 常日頃から 「仕事にはプロ意識を持て!クライアント様から依頼された仕事は徹夜してでも完了して完璧なサービスや製品を納期までに作り上げて納品しろ! それがプロだ!プロはサービスの対価としてお金を頂くのだから完璧なサービスや製品を納期までに作り上げて納品するのは当たり前だ! それができなければ、お金(給与)を貰う資格は無い!」 という主旨の言葉を口酸っぱく言われてきたためか、 ...
「負け犬になりたくない」が僕の人生の本質 戯れ言

「負け犬になりたくない」が僕の人生の本質

「負け犬になりたくない」僕はずっとそう思って生き抜いてきたつもり。それは僕がまだ中学生の頃の事。水泳部だった僕だったその水泳部は県下ナンバーワンというくらいの練習量とスパルタ監督今なら、体罰教師だ!暴力教師だだ!パワハラ教師だと言われたであろう監督だった僕はその体罰にも「頑張れ!もう少し耐えろ!そうしたら勝てるぞ!」という声が聞こえていた。だからその体罰にも監督の「愛」さえ感じていた。だから、厳しいスパルタ練習にも耐えれた。今の若者達にこんな事を言っても「洗脳されていただけじゃない!」などと受け入れられないだろう。でもこれは実体験した人間にしか分かりません。決して洗脳されていた訳じゃない!そんなスパルタ練習に耐え続けた中学3年の秋の中学での最後の県大会・・練習なら1位(優秀賞)できるタイムを出せていた。しかし、本番の秋の中学での最後の県大会当日緊張していたのか2位だった・・僕はそれにショックを受け、受験の勉強に専念したいという「言い訳」をして退部を申し出た。そのとき監督に言われた言葉・・「そんなことでは一生『負け犬』の人生になるぞ!」この一言で涙があふれ出てきた、その涙もその日の間中、...
コーチングを初めて生業に決めたときの心境 人間の生き方

コーチングを初めて生業に決めたときの心境

15年前の2008年、リーマンショックが起きるまで、僕は元気なIT企業の社長でした。しかし、リーマンショック後、ある日突然、脳出血によって左半身不随の身体障害者になってしまいました。その後、状況は一気に悪化し、自己破産と離婚を経験し、かつての成功を夢見ていた生き方からは程遠い人生が待っていました。痛みと苦悩に満ちた日々が続く中、脳出血によって左半身不随の身体障害者になってから15年経過した今年、やっと僕は自分の残された力をコーチングに最大限に活かすことを決心しました。僕が持っていたスキルと経験を活かして、片手でできるコーチングビジネスを始めました。このビジネスは、話をするだけで人々を支援することができるため、僕にとって最適な選択でした。それから14年間視床痛の疼痛に耐え続けました。そうして14年後、僕はコーチングに出会い、そののスキルを磨くと決意、そして、次第にクライアントが増え始め、再び起業家としての道を歩み始めることができました。そ15年は決して楽ではありませんでしたが、僕は常に前向きな姿勢を保ち続けました。この困難な状況の中で、僕は他人の人生にも影響を与えることができる存在になり...
人間の生き方

人生の激変を乗り越え、認定コーチとしての僕の新たな挑戦だ

僕は左半身不随の障害者になってから15年目にして新たな一歩を踏み出しましたので、今回はその経緯をお話ししたいと思います。 僕のこのブログをアメブロ時代から読んでんもらっている人はご存知のように僕は2008年のリーマンショックの金融危機という世界的な混乱の中、脳出血を発症、で左半身不随の障害を負いました。 それはまさに、僕の人生におけるリーマンショックでした。僕が経営していた会社はその翌年に廃業し、僕自身も自己破産して、僕の世界は激変しました。 しかし、時間は待ってくれません。悔し涙を流しながらも、僕は何とか生きていく道を見つけました。リハビリ、自立訓練、そして、自身の精神的な調整。障害者雇用枠での契約社員として低処遇での苦痛の仕事・・これらが僕の日々の生活となり、小さな日々を重ねていきました。 僕の人生は15年の時間を経て、さらに激しい変化を迎えました。5年前には離婚し、愛する父もこの世を去りました。僕は深い悲しみに覆われましたが、それでも前に進むことを決めました。何故なら、僕は生きているからです。人生を諦めない、その一心で。 そして、僕は2021年、一大決心をしました。新たな人生のス...
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無力な僕と国民の声と流れる時間 – 我が国の政治の現状

また今日も、テレビのニュースは国会の予算議論の模様を放送していた。総理も、与党も、野党も、みんなみんなが同じ繰り返し。既得権益層の欲を満たすために流れる予算、それを止めることができない現状に僕は胸が苦しくなる。 新たな制度の導入や改革の提案があっても、結局は既得権益層の意向を鑑みるという言葉が飛び交い、いつものように予算は適当なところへと流れていく。 彼らの政治家の仕事が国民のためなら、そんな無駄遣いは許されるかもしれないとも少なくとも僕は感じる。しかしそれは全く逆さまであまりにも当然の常識であることに僕疲れてしまう。 国民の願い、それは何よりも僕はこの国を良くしたいという一心だ。教育、医療、社会保障、すべてが改善されることを少なくとも僕は願っている。それなのに、なぜ僕らの声が届かないのだろうか? 多くの国民が思っていることは、僕だけではないはずだと思う。なのに、なぜ政治家たちは僕らの声を無視するのであろうか?。総理も与党も野党、何故既得権益層に歯向かう事ができないのだろうか。 この問題は単に政治家たちの問題だけではないように少なくとも僕は感じている。僕ら国民一人一人が声をあげ、意見を...
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今後「論破」から「承認」への転換が必要があるのでは?

最近、特にネット上では「論破」するということが素晴らしいという傾向が多々見受けられます。 一部ではこの「論破」する能力を持つ人物が頭脳明晰な勝者として、一方で「論破」された側は能無しの敗北者として描かれることもしばしばです。 でも、このような思考を問い直すべきではないのかと少なくとも私は思います。 なぜなら、「論破」というの行為自体が、しばしば他者の心象を傷つける可能性が高いと感じるのです。また「論破」よりも「承認」の方が人間のコミュニケーションの中で大切なのではないかと思うのです。 この視点の具体例として、2つ取り上げたいと思います。ひとつは、ネット上の知られるひろゆきの「論破」です。ひろゆきは非常に頭脳明晰で、その論破力は広く知られています。 ひろゆきのライブ配信やSNSでは頻繁に「論破」が見受けられ、一見するとそれは彼の知識と能力の証とも取れます。しかし、論破された側の心象はどうでしょうか。 論理的な矛盾を指摘され、自分の意見が全く無価値であるかのように扱われる。この論破された側は、多く人にとってあまりにも精神的に苦痛ではないでしょうか? 次に、橋下徹の「論破」です。 橋下徹は政...
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高級車やブランドものがやたら上から目線で鼻につく

高級車でクライアント先に乗りつけるコンサルタントや、国際コーチング連盟の資格を持つコーチ。正直、どっちも鼻につく連中に少なくとも僕は感じる。 私は、そんなコンサルタントやコーチからどんなに良い提案をしてもらっても、そんな人の提案は少なくとも僕は無視したくなるのだ。なぜなら自分たちは頭良いから金稼いで高級車を買えるんだと言わんばかりにて上から目線で自慢してるように見えでしまい苛立つのだ。 たとえ、国際コーチング連盟認定の優れたコーチでも、コーチングセッション中にどんなに優しい言葉を使って丁寧に接してくれても、高級車で来られた時点でに少なくとも僕は鼻につくのだ。 保険の営業であっても、どんな営業であってもクライアントよりも高級な車や服装で来るのはダメだと少なくとも僕は思うのだ。それはクライアントを見下してることにもなるし、自分がクライアントよりすごい人間だってアピールしてるようなものだと少なくとも僕は思うのだ。それでは、クライアントは気分を悪くするだけで、信頼関係を築くのは困難になるだけだと少なくとも僕は思うのだ。 こんなコンサルタントやコーチはかなりいる気がするのである。クライアントとの...