人間について

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無になることのメリット

昨日書いた「心を無にしたい」という記事について、無になるより喜怒哀楽がある方が生きている証拠ではないかというようなコメントを頂きましたが、僕が無になりたいという意味は喜怒哀楽を感じなくしてしまうことではないのです。それで「死」と同じだと思います。そうではなく「私心」を無くしたいという思いなのです。私心をなくし心を無にすると世の中の事象を素直に客観的に捉えることができると思うのです。素直になれるということは、ある意味で喜びを喜びとして素直に喜べるから喜怒哀楽はもっと激しくなるかもしれません。「心を無する」ということは「こだわりをなくす」と言った方が良いのかもしれません。自分の中に、変な「こだわり」があると楽しいことでも、素直に楽しめなかったり、素直に喜べなかったりするのではないかと思うんです。逆に辛いこと逆境なども素直に受け止めることが、正しく捉えることができることによって、より問題の本質を見極めることができ、結果として解決策が見えてくるのではないかと思います。私心やこだわりがあるとどうしても偏ったものの見方をしてしまい、「心の目」を曇らせてしまい、物事の本質を見極められないのではないか...
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自分のエゴイズム(自我)

僕は脳出血で半身不随になってしまったときに最もつらかったことが二つあります。一つは半年間の入院中も僕に変わって必死で頑張ってくれた社員を会社廃業という理由で解雇しなければならなかったことです申し訳ない気持ちでいっぱいでした。でもある取引先だった会社の社長そんな気持ちを告げた時、「解雇になった社員たちは決して恨んでなんかいませんよ。 貴方の会社の社員たちは、仕事にとてもやりがいを持っていましたよ。 私は彼らにいつもやりがいのある仕事をさせてもらって良いねと言っていました その証拠に貴方が倒れた後も貴方に変わって売り上げを上げようと奔走していたじゃないですか 彼らに後悔はないと思いますよ。そんなこと思っているのは貴方だけですよ  彼らにいつまでも残っていてほしいという思いは貴方の気持ちですよ。彼は満足していますよ。」そんな風に言われた。その瞬間ふっと肩の荷がおりたような気がしたもう一つ、僕がつらかったのは当時5歳だった。息子を抱っこできなくなってしまった事といっしょにキャッチボールなどができなくなってしまったことだった。父親らしいことができなくなってしまったことに対して、とても辛く息子に対...
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哀怒痛痺をどう乗り越えるか

哀怒痛痺をどう乗り越えるか哀怒痛痺・・喜怒哀楽でもない。自分で作った造語なんて読めばいいんだろう・・「あいどつうひ?」(笑)どちらにしてもこの2年間この哀怒痛痺との闘いだった。哀怒痛痺の哀怒については心の持ち方でなんとかなる自信ついてきた。なんとでもなる自信がある。が、なんともならないのが「痛痺」だ物理的な痛みと痺れ(モルヒネも効かないって言われた時にゃショックだった)これも心頭滅却すれば火も亦た涼しということわざにもあるように、心の持ち方で癒されるかもしれないと思い、エルバート・ハバードの「自分の心の弱さ以外には越えられない障害など存在しない」という言葉を糧に煩悩をなくせば、心を強くすれば物理的な痛みでさえも心地良く感じる(耐えられる)のではないかと自分なりに「滅却」できるか挑戦してきたが、こればっかりはそう簡単にはいかない。人間の本当に「心頭滅却すれば火も亦た涼し」となることができるのだろうかインドの苦行僧に聞いてみたい僕にとっては永遠の挑戦だな。これを永遠の目標にするのもまた良し・・かな
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苦境が人間を強くする

苦境こそが人間を強くするものだと思う。これは真実だと感じる。苦しくて苦しくて苦しくて仕方がないときほど、「何としても、何とかしなければならない。このまま弱音を吐いていても人生の破局を招くだけだ」そういう思いに至ったときにこそ、不思議と病のことさえ忘れかけ、必死になって考え、体が動かないにもかかわらず、行動している自分がいる。不思議なものだ。苦境こそが、逆境こそが人間を強くする。この世の中強くなければ生きていけない。そんな甘いものではない。障害者だからといって誰も助けてくれるわけではない。いくら福祉だと言っても、全障害者をカバーできるわけではない。所詮は弱肉強食自立できないものは破滅するしかない。世界を見てもそうだと思う。そのあたりは、アメリカ人は強いと感じる。アメリカ人は、「自立」を大切にしている「自立」できないものは「負け」という自由=市場原理の考えが国民全体に徹底している。オバマ大統領が国民皆保険制度を作ることに四苦八苦しているのは、こういったアメリカ人の国民性があるからだ。もちろん民間保険会社の圧力などもあるだろう。でも知り合いのアメリカ人などはスウェーデンのような「福祉」には反...
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限りない可能性への挑戦を続けよう

今朝、ふと健常者だったころの僕のひとつの夢を思い出した。それは死ぬまでに一度で良いから「キリマンジャロ山の頂からアフリカのサバンナを眺めること」だった。アフリカのサバンナ・・それは「人類発祥の大地」としてなぜか僕のあこがれだった。何か新たな価値観を見つけることができるかもしれない。価値観の大転換が起こるかもしれない。そんな期待もありチャンスがあれば一度は行ってみたいと思っていた。幼いころテレビで見たジャングル大帝のアニメの影響かもしれないが、僕の心の中では無限に広がる草原・・・・果てしない地平線・・そんなイメージがあり僕にとって憧れの地だった脳出血で障害者になってからというものそんな夢はころっと忘れていた。心のどこかで「こんな体になって到底アフリカになんてできるはずがない」と自分で自分を制限してしまっていたのではないだろうかそして僕の「本当の夢」を忘れていたのではないだろうかいつのまにか「健常者にもどること」が大きな目標になってしまっていたような気がする。健常者に回復することも果てしない目標だけどそな健常者に戻ることを人生の目標にしてはいけないのではないだろうかと感じた。せっかく人間に...
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オシム元監督のリハビリとの闘い

偶然、youTubeでオシム元監督がご自分のリハビリとの闘いについて語っている動画を見つけた。思わず見入ってしまった。僕と同じく左半身麻痺だからだ。その中で、「治療そのものよりもいリハビリの方が何倍も痛く苦しいもの」「自分を信じなければ回復するのは難しい。」「若い頃やった以上に大変なことをやり続けなければならない」「病気になってからのトレーニングの方が、現役時代の練習よりも多かったはずだ。」この四つの言葉が僕の胸に突き刺さったその通りだと思った。スポーツのどんなにつらいトレーニングにも忍耐が必要とすると思う。でもオシム元監督は、この年齢で厳しいリハビリを頑張り、この動画程までに歩行能力を回復した。勇気と希望をいただいた。そして日本社会に対する問題提起までしている。「日本人の多くは、自分の意見を公表することを恐れているようだ」なるほど確かにそう思う。「勝つことよりも生きること」この言葉は、サラエボの内戦の切り抜けてきた人だからこそ出てきた言葉だろう。生きていけることが当たり前の今の日本にいるとわからないことなのだろうありがとう。オシム僕も頑張ろう。
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批判とクレームは成長の種

このブログを書き始めて約1年半近くになります。本当に自分の思うこを勝手気ままに、その時々の気持ちを思うがままに書きつづってきました。この記事を読んだ読者から猛烈な批判とお叱りの言葉の嵐のようになったときもありました。僕も人間だから、そんなときは恐ろしく落ち込んでしまいます。あまり責められると自暴自棄になってしまいます。でもそれを乗り越えると新しく成長した自分がそこにいます。いつの間にか相手の批判を真摯に受け止ることができているようになり、考え方を変えなければいけないと反省します。人間にとって批判は成長の種だと思います。もちろんそれは、批判を真摯に受け止めることができるようになることが、前提ですが、、、、、企業でも同じだと思います。会社をやっていたころに理不尽と思えるようなクレームはいくらでもありました。当初は、「機そんなのお客様やクライアントのわがままだ!」「理不尽な要求をするクライアント」などと思い憤慨していても、後から、中にはこちらの対応の仕方も確かに悪かったかもと思えるようになってきたりします。そうすると次からは同じようなクレームを出さないように、知恵を出し工夫します。そして理不...
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神よ!あなたはなぜそのように意地悪なのか。

僕は神という存在を信じてないけれども、もしも神とか創造主というものが存在するならばひとこと言いたいあなたなぜに人間に対してこれほどまでに大きな矛盾を与えたのか生き物は他の命を食べなければ生きていけないにもかかわらず、命を大切にしたいと思う慈しみの心を持たせた。敗者や弱者に対して慈しみの心を持たせたにもかかわらず、「勝つ」ということに対して優越感という快楽を与えた勝者の裏には必ず敗者が存在する。なんという矛盾なのかゆえに人間は本当は優しい心を持っているにもかかわらず、そんな矛盾からお互いに傷付け合ってしまうことが多々ある。そのくせお互いにかばいあって、助け合って生きていこうとする面も多々あるそして人間は、人類は、いつも、いつも、いつも悩み続けなければならない。人間の歴史始まって以来、多くの人々がこの矛盾に悩みなんとか乗り越えようとしてきているにもかかわらず、まだまだ人類はこういった矛盾を解き明かし乗り越えることができていない。人類にとって、人間にとってなんという辛い試練なんだろう。こんな理不尽な矛盾、「神様」に意地悪をされているとしか思えない。
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東北関東大震災の被災者に向けわがNPO法人も活動開始

現在大変なことになっている東北関東大震災の被災者に対してNPO法人の活動開始。このNPO法人が微力だが役立ちそうだ。NPO法人の会員企業の中に「移動式の海水飲料水化設備」を開発している会社がある。そのの設備はトレーラーで移動できるコンテナ程の大きさの設備で、しかも電力供給のできない地域でも太陽光発電パネルを利用してその設備を稼働させることができるというものだ。NPO法人のスタッフが早速、消防庁に働きかけたところ、その設備の供給依頼があり現在その会社が動き始めている。さらに阪神大震災の時に川から消防用の水の確保しようとしたときに水位が低いためにに十分な吸水ができなかったという事態を教訓にして低水位でも十分な吸水ができるというポンプを開発した会社が、東大阪に存在するのでその会社に対してもつい先程供給可能かどうか連絡を取ったところだ。僕も阪神大震災の被災者の一人だったが、あの時の水不足が深刻だった。だから微力だけれどもなんとか役に立ちたい。そして被災者の人々にはがんばってほしい。生き延びて欲しい。エンジニアリングは自然の脅威から人類が身を守るために発展してきたといっても過言ではないと思う。だ...
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NPO法人で新たな吸水設備を被災地に向け提案中

移動式オゾン殺菌済み飲料水化設備に続いて、阪神大震災の教訓から生まれた低水位河川用吸水ポンプも昨日から消防庁に向け提案開始中です。トレーラー移動式オゾン殺菌済み飲料水化設備(飲料水化処理量100トン/1日)(電力供給なしの地域でも太陽光発電パネルで稼動可能)低水位河川用吸水ポンプ(給水能力600リットル/1分)まだ成果は出ていないけれど、こんな障害者の自分でも被災者に対して具体的な提案をできていることが嬉しい。