人間について

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内から変わることができない日本

ドイツで20年先までにヨーロッパにおいて完全脱原発するという目標が掲げられたそれに引き替え日本・・福島原発事故から大飯原発再稼働まではあれほど大騒ぎしていたのに現在は何事もなかったように静まりかえっている今この瞬間にも大飯原発は稼働しているのだマスコミも喉元過ぎれば熱さを忘れるかのような静けさだしかしヨーロッパにおいては着々と完全脱原発に向けて進んでいる以前にも書いたように最新の再生可能エネルギー活用技術を開発しているベンチャー企業の多くは日本で普及は諦めている 既得権益の壁で前に進めないからだ反原発の機運もこのままだと今年中には消えてしまうような気がする内から変わることができない日本気が付いたら日本以外の世界中が再生可能エネルギーが普及していて日本だけが原発依存という状態にもなりかねないそして将来、いわゆる外圧(世界からの批判等の「黒船来航」)でやっと重い腰を上げ慌てて再生可能エネルギー普及をす進めようとするではないだろうかそういう僕も日本での普及は半分あきらめかけている。だから海外へ日本のベンチャー企業の持つ最新の再生可能エネルギー活用技術をアピールと普及活動をしている一旦外国で認...
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最も望んでおり、最も怖れている事・・・・

僕が最も望んでおり、でも最も怖れている事・・・・それは死・・死はいけない事・・理性では理解しているけれど僕の3つの苦しみ四六時中左半身全体を襲っている左半身全体の皮を一枚剥がされたような強烈な痺れに耐えている事時折襲う左手足に杭を打ち付けられたような激痛そして身体不自由による屈辱感いつまでこの苦しみに立続けなければならないのか!死はこれら3つの苦しみからの解放でもある死は無であると信じているだから死は苦しみも悲しみや憎しみや怒りなどの地獄のような辛い心も「無」にしてくれる自殺したら地獄で苦しむなどというバカな宗教者もいるけれどあの世などは存在しない死は無である 身体も心(=脳)も全てが無に帰する死はあらゆる生の苦しみからの解放でもあるだから心の片隅のどこか死を望んでいる僕がいる反面、死は人(愛する人)との「つながり」との永遠の切断であるだから死んではいけないと・・・僕の心はいつも揺れているそして、いつ僕の心の片隅に居る死への渇望が表面化するか僕は恐れている
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何よりも自分を信じる事・・!

僕は、神よりも、守護霊とかいうものよりも、ご先祖様よりも今の自分を信じる自分が必ず回復し幸せな人生を送れるのだと・・そんな自分を信じたい脳は想像や創造という目に見え無い心の「行為」でもその痕跡を残し損傷した脳が可塑的に再構築されると証明されているいうこれはいわゆるイメージトレーニングだと思う自分なら必ずやれるそういう自分を想像するのだそれで本当に脳が再可塑的に構築されるのなら必ずやれる他人が何と言おうとこんな障害者に何ができるのかと思って、「何もできない」と想像してしまったら本当にできなくなるだからこそ僕は自分自身を信じたい神よりも何よりも・・これは別に神や守護霊とかいうものを信仰している人を否定するつもりではないそうではなく人生、自分を信じることのできない人生なんてつまらないと思うからそして何度も書いているが、僕は障害者でも「人の役に立つ人間」でありたいと思うから・・ただそれだけだから何よりも自分を信じたいそして何よりも人生を作るのは、決めるのは、神でもなく、守護霊でもなく人間自身が、僕の人生は僕自身が創るものだと信じているから・・
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痛みに負けそうだった

今日は・・じゃなかったもう0時過ぎているから昨日だ昨日は痛みと痺れに負ける寸前だったような気がするダメだなぁ・・もうこの痛みと痺れに付き合って3年近く未だに痛みと痺れに襲われると心まで崩壊しそうになるそれに加え左半身は鉛のように重いからついベッドに横になるこれがいけない・・ベッドに横になると天井が見える痺れと痛みに耐えながらひとり天井を見つめていると。。いらん事を考えてしまうひとりもいけない・・・痛みが苦しくて「何でこんなに苦しい思いをしなきゃいけないんだ」なんて考え始めると始末が悪い・・自分でもコントロール不能な心のネガティブスパイラルに陥る・・ネガティブスパイラルに陥りかけて救ってくれたのが息子のメールそして、なんとあの温度差発電装置の開発者からのメールまで来た何して実証試験機を作りたいから僕の力を借りたいと・・この2通のメールを受けっとった瞬間僕の心は急激に強くなってきたように感じた痛みも痺れの強さも変わっていないはなのに耐えることができるのだどちらも僕を頼ってきてくれているそれだけで・・その感覚が「負けていられない」という気にさせてくれるだからこそ人の役に立つ人間でありたいと思...
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希望は前にしかない

僕の希望どこにあるのか時間は前にしか進まない時間は後ろには後退しないだから後ろを振り向いてもそこに希望は存在するわけがないだから前のみを見て生きる希望は未来しかにないからそして人の心の中にあるものだから心は前を向くしかない希望を信じて・・自分を信じて・・
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神様や守護霊とかいうものを信じれない僕は不幸かな

昨日一昨日とお盆の墓参りに僕の親の本家まで行ってきたそのとき僕伯父や叔母(8人はいる)は僕の障害のことを按じてくれていて毎日近くのお地蔵さんのお参りしてくれているとのことその心遣いに感謝・・でも僕は神様とか祖先の霊とかを脳出血以降、一切信じれれなくなっている脳の損傷で受けたこの障害を治癒したい一心で脳に関する本を読み漁った結果そうなってしまった脳に関する本を読めば読むほど、「精神(あるいは魂)=脳」で脳死あるいは(火葬などによる)脳の消滅は精神(あるいは魂)の消滅に等しいとしか考えられないのだだから当然死後の世界も存在しないとしか思えないもちろん神とか霊の存在もあり得ないそんな風に考えるようになっている・・というか考えざる得ないのだ以下の2つの動画はインド人の有名なラマチャンドラン博士の講演だがラマチャンドラン 「心について」 1/2ラマチャンドラン 「心について」 2/2ここでも人の精神(魂)は脳の作用すぎないと講演している余談だがそれにしてもインド人というのはスゴイと思う 「無」とか「ゼロ」の概念を初めて作ったのもインド人というインド人は思慮深いと思う  このインド人脳学者ラマチャ...
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人生の堪えどころかな・・

脳出血になった当初が人生最大の危機だと思っていたけど意外や意外、今が人生の一番の難関かも知れないそれなりに社会復帰しつつある僕、、でも人間社会に復帰すればするほど身体の苦痛とは別に人間関係の苦痛が表面化してきているような気がする増してや僕は障害者、障害者であることが発症当初は、皆「非日常」の悲劇?として僕に優しかったように思うけど障害者としてある程度社会復帰してくると、もう周囲の人にとって僕が障害者であることは「非日常」ではなく「日常」となり障害者であることが煩わしいと感じるようになっていることを肌身で感じる僕自身は障害者であることなんて今でも「日常」ではない!健康状態が本来の「日常」であるはずだ!でもそのことによって人間関係の亀裂が生じ、怒りが生まれることが多々起こるようになってきた。ここは堪えるのみ・・障害者の苦しみを健常者に分かってもらおうとする方が無理・・と分かっているから・・増してや目に見えない(CTにも映らない)疼痛の苦しみなんか誰にも分かることはないだろうだからここは何を言われても堪えるのみ人生の堪えどころかもしれない怒ることは簡単だけど、それで何かが解決するとは思えない...
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痛みとどうやって闘うべきか

この痛みにだけはどうにも困るこの痺れにだけはどうにも困るどんなに頑張っていても心まで蝕んでくるのがわかる心の奥底でネガティブになるのを抵抗しているのがわかるけど止められないいわゆるうつに近い状態になる・・何もかもがイヤになるなんでこんな痛みに襲われなければならないのかそんな思い・・そして誰も分かってくれない・・という思いそんな思いが交錯して何もかもがイヤになる誰も彼もが嫌いになるこのいつまでも続く痛みがきっかけで・・でもおなじような痛みに苦しんでいる読者さんもいる僕だけが負けていられないと思うそれでも何もかもがイヤになる誰も彼もが嫌いになるいったいどうやって闘えば良いのか僕の中にヒントはある感動と志だ・・志をひたすら想うこと、そして感動することそれも良いけどそれは自分自身で編み出した対処療法に過ぎない根本的にこの痛みをなくすことはできないものか・・そのうち憎まなくても良い人まで憎んでしまいそうだ・・そんなのはイヤだこんな苦しみを僕に与えるなんてもし神様とやらが存在するのならあまりにむごい・・・それでも闘うだって負けちゃいけないから
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許すという事

-------------------------------------------------もしほんとうに愛したいと願うなら、ゆるすことを知らなければなりません---------------------------------------------------この言葉はあのマザーテレサのこの言葉です。マハトマガンジーにしてもこう言っている--------------------------------------弱い者ほど相手を許せない許すという事は強さの証だ--------------------------------------と・・どちらも「許す」ということを言っているきっとそれほどに「許す」ということは人間にとって難しいことなのだろう確かに怒り、憎む事の方が簡単だと思う。許す事の方が、怒り、憎む事よりも何倍も精神的エネルギーを必要とすると思う僕の場合、憎むものはたくさんある僕を襲った病僕の障害を疎ましく思う人障害を負う事によって表面化した人間関係のトラブルそして何よりもこの痛みという苦しみそれらを全て許す事ができるならどんなに幸せだろうそれができる人が本当に強く、人を...
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人生の幕引き前にやっておくべき事

今朝はいやに痛みと痺れが酷く「人生の幕引き」なんていう言葉を使ってしまったけど・・まだまだやるべきことがたくさんあるこれまでいろいろタネを撒いていた中で今日やっと赤道ギニアへの地下水飲料水化設備の提案と見積まで完了した。たまたま、明後日、赤道ギニアのパイプの人がギニアに向かうそうなので持参し国王に提案していただけるとのこと良かった・・やるべき事が明確になると気持ちに張りも出る・・「やるべきことが明確になる事」こそが僕にとって痛みや痺れを耐える良い「薬」だまだまだやるべきことがたくさんあるだからまだまだ人生の幕なんて引かないぞ午後の僕より、午前中の心の凹んだ僕へ・・(苦笑)