人間について

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法律と良識

社の経営などしているとしばしば「法律の壁」というものにぶつかります。法律に抵触しなければそれでよいでしょうか。?法律は所詮人間が作ったものです。「正義」を守るための完璧なものではありません。法律がカバーできない部分を補うのは「良識」だと私は考えています。私も弱小ながら企業経営をしたことがあるのである程度わかるのですが、ある戦略を打つ時に、それが法律に抵触するかどうかという問題が出てくることがしばしばあります。その戦略が法律上問題がなければ確実に利益が上がる戦略であるとしたとき、どうしても法律に抵触しないようにすることだけに気をとられてしまいがちです。どうすれば法律に抵触しないようにできるのか、これは悪い言い方をすれば法律の抜け穴を探す行為と同じだと思います。このときに気を付けなければならないのは、社会の「良識」と照らし合わせて問題がないかというところまで考えることができるかどうかと思います。企業というものはどうしても「利益追求」をしなければならないという宿命があるので、法律にさえ抵触していなければそれで良い。という判断になってしまいがちです。以前ライブドアのホリエモンが株式取引で時間外...
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消費税アップについて

ブログネタ:消費税アップに賛成? 反対? 参加中私は反対 派!本文はここから消費税アップについての議論されているが、単純に、消費税アップに反対か。賛成かなるという質問は、愚問だ。なぜ消費税が必要なのか。そして本当に必要なのかその論拠を明確にして問うべきでしょう。僕個人的な考え方としては、他にするべきことがあるだろうということを考えてしまう。そもそも税収をアップするための最大の要因は経済の活性化ではないのか、そのためにやることは、まだまだたくさんあるはずだ。好景気になれば、企業収入も増えるし、個人収入も増える。そうすればおのずと税収も増える。だからなによりも景気対策が最優先課題であると思う。有効な景気対策が、全く打ち出せていない状況のなかで、消費税アップしても、国民の負担になるだけで、景気はますます後退し負のスパイラルに陥る危険性がある。もう少し明確かつ具体的な経済対策ビジョンや施策を打ち出せないものか。誰しもが、有効であると思えるような経済対策を打ち出したうえで、その効果が出てくるのが、2、3年かかるから、その間は、消費税で補うという論理であれば、消費税アップには賛成である。今の状況で...
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NTTの詭弁だと思いませんか(皆さんのご意見をください)

NTTだいちから下記のようなメール回答が来ました。岡下俊介様 NTTデータだいち eスタッフ採用窓口です。ご返信が遅くなり、申し訳ありませんでした。以下ご質問いただきました件について弊社の考え方をお答えいたします。 (ご質問内容)●一次面接も含め、実質強制且つ無給研修による6ヶ月に及ぶ実質就職活動の制限をされる拘束になります。この点をどう考えるのか、ご回答お願いいたします。 (ご回答)弊社における選考及び研修は、応募者を拘束するものではありません。事前にご説明いたしましたとおり、研修期間内においても、就職活動を自由に行っていただけますし、就職が決まった場合は辞退も可能です。 ご回答は以上です。 ***********************************************株式会社NTTデータだいち eスタッフ採用窓口      E-mail: estaff@am.nttdata.co.jp    URL:  今回もメールの差出人が担当無部署のみで担当者名は無記名です。みなさんどう思われますか。どちらが、詭弁でしょうか。NTTのほうが詭弁だと思いませんか。私は間違っていま...
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素直になる

人には人とそれれぞれにコンプレックスがあると思う。コンプレックスとは、他人より自分の能力が劣っていることに対して感じるだろう。だからそのコンプレックスをカバーするために人は背伸びしようとする。コンプレックスがあると、人前でありのままの自分になれない。つい背伸びをしてしまう。つまり虚勢を張りがちになるものだと思う。人情してこれは仕方のないことだと思う。しかし背伸びしても見えない見えないものは見えないものだとも思う。私なんかのように障害を持ってしまうと、いくら健常者のフリをしようとしても無理なものは無理なのである。無理をして健常者のような歩き方をしようとするとそれこそ転んでしまう。これは、健常者でコンプレックスのある人も同じだと思う。背伸びするとバランスが崩れるものだ。自分では「強いんだという姿勢」を見せているつもりでも、他人からみるとその「バランスの悪さ」で背伸びをしていることに気づかれってしまうものだと思う。つまりいくら虚勢を張っても見透かされてしまうものだと思う。たとえ背が低くても背伸びをせずにありのままでいる方が安定していて外からみて一番安心感があると思う。もちろん自分一人の時は能...
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こだわりと執着心が人間の苦悩の元凶

「こだわり」というものは、ときには美しいしかし「こだわり」持つことは人間の苦悩の元凶を持つに等しいと思う。こだわりとは、人間にとって、プライドの一種であると思う。そして愛着の一種でもある。さらに自分の過去に対する愛着でもあり、プライドでもある。そこには自分の「愛」や「誇り」が埋まっていると思う。だからその「こだわり」を捨てなければならない時、強烈な「喪失感」に襲われる。人間の「喪失」の怖れは判断を狂わせる。冷静でいることができなくなる。時には凶暴になり、時には、自暴自棄になり、自らの命まで絶とうさえするものだ。ときにこだわりの心や愛着は美しくみえる美しいからこそ喪失への恐れが生まれその喪失時には怒りと悲しみに包まれるだから僕は思う人間にとって「こだわり」など邪魔にしかならないのではないか「こだわり」を持つと、その喪失への怖れが始まる。これは生きるということと同質のものではないかと思う。人間はこの世の中に生まれ、生を受けた瞬間から、死への怖れが始まる「死への恐怖」を捨てることができれば、人間は、とてつもなく強くなれると思う。同じように「こだわり(自分の過去)」を捨てることができれば、前に...
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本当の障害者とは、本当の健常者とは、

松下幸之助さんの名言に下記のようなものがあると言われています。----------------------------------------------------------------------------青春とは心の若さである。信念と希望にあふれ、勇気にみちて、日に新たな活動を続けるかぎり、青春は永遠にその人のものである。----------------------------------------------------------------------------実はこれは松下幸之助自身の言葉ではなく、アメリカの実業家サムエル・ウルマンという人の言葉で松下幸之助自身が好きだった言葉だということです。僕はこの言葉は障害者にもあてはまると思います。健常者とは、体がしなやかに動き、体力があることではなく、心の持ち方をいうのである。健常者とは、たくましい意思、豊かな想像力燃える情熱をもつ者をいう。たとえ体が不自由でなくとも、このような心がないものは、健常者とはいえない。健常とは、怯懦(きょうだ)を退ける勇気、安易をふりしてる冒険心をもち、生きる希望に燃え、高い志をもつ者をいう...
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常時心のスイッチはオンの状態:スイッチオンの状態のまま死にたい

カラスの店長からのコメントで、気がついたのですが、僕は常に心のスイッチはオンの状態でないと生きていけないのです。僕はまるで回遊魚のようです。マグロのような回遊魚は一生泳ぎ続けないと、止まると死んでしまうそうです。今の僕もそんな感じです。常に、気持ちをハイテンションに維持しておかないときっと死んでしまいます。でもそれでも良いです。泳ぎ続けて、泳ぎ続けて、24時間泳ぎ続けてそのまま泳ぎながら死ぬのなら本望です。
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本当に大切なこと

人が生きる上で本当に大切なことって何だろうお金?お金では絶対に手に入らないものがあります。僕は、「希望」と「志」と「人とのつながり」の3つだと本当に思っています。これはキレイ事でも何でもありません。これは僕自身が実感していることです。人間はこの三つを失うと、そんなにお金があっても生きる意欲を失うでしょう。希望も志もお金で買えるものではありません。これらは自分の心の中で持つものです。どんなに貧しくても、希望と志を持つことの出来る人がいます。逆にそんなに裕福でも希望も志も持っていない人がいます。希望がないと明日まで生きる意欲がなくなります。明日まで生きるが理由がなくなるからです。「明日があるさ」という言葉がありますが、希望を持っていない人には明日はありません。そして人とのつながりは信頼関係がないとつながりはできません。いくらお金を持っていても、信頼のない人は無視されます。愛されることもありません。いくら貧乏でも誠実で信頼のおける人は周りが支援してくれます。信頼のない人、あるいは人を裏切る人、いくらお金を積んでも他人は何もくれません。そういうつながりがなくなると、人は孤独になります。孤独・・...
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弱った心を立て直す

現状の自分を情けなく思う心なんでこんな風になったのか何かを恨む心何かのきっかけで(僕の場合は以前当たり前にできたことができなくて失敗したときが多い)心が負のスパイラルに陥ってしまうとき、どうしようもなく気持ちがマイナスになるとき、やっぱり「無私」と何度も唱えることが僕には1番効く。自分の「我」さえ存在しなければ、苦しみに思えることすべてがどうでも良いことのように思える。そして客観的に捉えることができる。苦しみも、悩みも、悲しみも、怒りもすべて「無私」と唱えることで片付きそうだ。粛々と行動ができる。足が痛くても、腕が痺れていても、そんな体の苦痛に対しても粛々と耐えることができそうだ。
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人間の本性って

僕が脳出血で倒れて障害者となってしまった初期時期に恥ずかしいことですが、僕が障害者になったことが原因によるで色々なもめごとが親族の間で起こりました。その時、人間の本性とはこんなものなのか。いざというときにこんなに醜い姿を見せるものなのかと感じたものです。シェイクスピアの小説は人間の持つ醜い本性をえぐり出しているといわれます。またアンデルセンの童話は人間の本性に迫るような話が多いと聞きます。人間が本来持っている醜い欲などを描いているとも聞きます。でもそれが本当に人間の本性なのだろうか抑えきれない醜い欲求などというものは、単に動物の本能ではないだろうかいざというときに自分を犠牲にできないとか、自分だけを守ろうとするとかいう行動は「人間の本性」というものではないと思う。それは動物が持っている本能にすぎないのではないだろうか「自己防衛本能」であるでもそれは人間の本性が全く異質のものだと思う。人間は、そういった抑えきれない欲求をなんとか抑えようと葛藤するそれが人間の理性であり、人間である所以ではないだろうか人間は完全ではない。だからそういった本能的欲求を抑えきれない時もあるだろう。そういう時があ...