人間について 「なぜ」という問いかけ
「なぜ」と冷静に探求する心が問題の本質を捉えると思う本質を捉えることができれば怒りや悲しみなどの負の感情が消滅するものだと感じる僕は小学生の」頃いじめられっ子だった。苛められるたびにいつも怒りと悲しみに満ち溢れていた。学校ではいつも泣いていた記憶しかない。そこから逃れる術としていつの頃からかいじめられたときには「なぜあの子はそんなことを僕にするのだろう」と考えるようになった。そう考えたりすると「きっと今朝、家で兄ちゃんにいじめられて、悔しく、悲しかったのだろうな」「その怒りと悲しみの鉾先がなく、それがたまた、のほほんとしている僕に向ったのだろう」などと相手の心情的理解をすると、不思議と怒りや悲しみが治まり、相手を許せるようになることを子供ながらに感じた。きっと怒りや悲しみから逃れる術として自然と身に付けたのだろう。このことは今の自分を思考回路作り上げている。だから本当に「怒り心頭」という気持ちに」はあまりならない
