人間について

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人は変わることができる

人は変わることで苦難を乗り越えることができ、苦難を乗り越えることで成長するのではないだろうか僕は小さい頃、内気で泣き虫だった。とても臆病な性格だった。それは思春期になっても変わらなかった。思春期以降なぜか「死」というものに対して怖れを抱いていた。対人関係では人前で話すことなどできない性格だった。僕は自分の心のどこかで「自分を替え変えたい」という欲求があったと思う。だから社会人になってからというもの、あえて自分の性格に合わない仕事(例えば営業職や講習会の講師の仕事など)を選んだ。当然のことながら苦しんだ。でもその苦しんだことによって昔の自分では考えられなかったような多くの人前で喋るセミナーの講師などという仕事までできるようになってきた。徐々に自分が変わっていったことを実感していた。そして劇的に変わったのはやはりそして今回の脳出血だった。まず「死」に対して怖れを抱かなくなった(これには長い時間がかかりしかも苦しんだが・・)その結果、これまで憶病だった自分がとても強くなったような気がする。、半身麻痺という障害者になりたくさんのものを失うことによって更に心が強くなったと感じる。変わるためには多...
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情熱やこだわりも執着心の一つとして人の心を苦しめる

執着心(生きることへの執着心や築き上げたものに対する執着心、さらにはお金に対する執着心)はそれを喪失したときに人間の心はひどく傷つき苦しむものだ。そして喪失していなくても、喪失することを恐れる心が平常心を失わせるものだと思う。執着心といえばあまりよくないイメージがあるけれど、物事(人)に対する情熱や思い入れなども執着心だと思う。だから物事(人)に対する情熱や思い入れなども平常心の邪魔になるものだ。人間の心ってやっかいなものだ。ときにはこのような執着心は人間の行動のパワーとなり、原動力となるものだ。でもだからこそ、それを失うことを人間を恐れるのだ。「怖れ」を抱いた段階で平常心は失われてしまい、正しい(素直な?)判断が出来なくなるこの「怖れ」を取り去ることができれば、実に冷静に物事が判断できるのに・・と思う。僕にはまだまだ「怖れ」がある。。やはり死に対する怖れだ。。一度は死にかかって、もう怖れることなどないと思っていたけれど、昨夜、たまたま下記のもやもや病に関するサイトの記事を読んだとき、かなり動揺してしまったのだ。再出血の確率61.1%・・・僕は統計などあくまでも他人のデータを集計したに...
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不老不死は幸福か。あの世が存在し、魂が存在することは幸福か?

人間は無から生まれ無に帰るのだと思う。もともと魂など存在しない。と僕は考えている。魂が存在すると主張する人は人は生まれる前にも魂が存在していたというのだろうかだとしたら江戸時代にも僕の魂は存在していたことになる。それは妙な話ではないか。その僕の魂は「あの世」にでも存在していたというのだろうか。その時は悲しみに満ちていたのだろうか。死の状態が悲しみに包まれているとしたならば死は恐ろしいものなのだろう。でも江戸時代に存在していた?僕の魂は悲しみなど包まれていなかったと思う。江戸時代だけではなく、生まれる直前僕は何も感じていなかったと思う。生まれた瞬間から感じ始めたのではないのか。よく赤ちゃんは親を選んで生まれてきたなどという人がときどきいるそんなバカなはずがない。生まれる前にそんな判断力なぜ備わっているのか判断力というものは脳の働きではないか脳が存在しない状態で一体どうやって判断するのか。脳が存在しないということは何も感じていない状態ではないのか?つまり死とはそういった生まれる前に戻るだけではないのか。にも関わらず人間は死を怖れる。なぜ怖れるのだろうかそのためには「幸福とは何か」について考...
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やっぱり生きるのが苦しいんだよ。

死んだら無になるとか、魂も消えるとか、くだらなねえことばかりなんてで考えてるんだろ、死んだら「天国良いとこ一度はおいで~♪酒は旨いしネーちゃんは綺麗だ~♪」なんてノー天気に考えてりゃいーんじゃねーのなのに難しいこと、あーだこーだと考えてるだよ。元気なときはこんなことを考えもしなかった。自分の会社で多少大きな借金を抱えてたけど、何~とかなるさってもっと前向きだったよ。。。オレでもね。。今は体が苦しいんだよ1分1秒生きているのがさ・・・・苦しんだよ・・みんな中枢性疼痛って知ってる?知らねえだろな・・痛いんだよ!一日中痺れてるんだよなーんにもしてねえのに痛いんだよ手に傷もなーんにもねえのに、手のひらに五寸釘を刺されているような激痛がは走るんだよ。脳がイカレちまってるからなんだってさ、それにしてもよ。なんでこんなにつれえ思いしなきゃなんねえんだよ。この間だってさ、東京に行ったとき羽田空港でリムジンバスに乗ろうとしてバス乗り場いったとき乗り場の長げぇこと、今の僕の足ではよ、はじっこの新宿行きの乗り場まで歩くのが辛いんだよ足が重たくって重たくって、結局時間に間に合わなかったから1台遅らせた。おかげ...
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心の薬

心が病んでしまう脳が病んでしまう「脳=心」なのだから、、脳が読んでしまうこと身体も病んでしまう。そして病は老いを加速させる。そんな病んだ心の最良の薬は「感動」だ。感動しなくなったら死んでも同然と言ったのはあの物理学者アインシュタインだ。そして感動は愛だと思う。大きな感動でなくてもよい日々の小さな感動の積み重ねが大きな感動となり大きな愛となる。子供を持つということは、毎日が小さな感動でいっぱいになる。子供にとっては毎日が生まれて初めての新たな出来事ばかり。大人にとって当たり前のことでも子供にとっては「生まれて初めて見た」「生まれて初めてできるようになった」そんなことでいっぱいだ。毎日が感動でいっぱいなのだろう。そしてそれを見ている親も感動をもらえる僕のような脳を患った人間にはこんな感動と愛こそ最良の薬なのだと思う。愛こそすべて
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リアリストかロマンチストか

できることができる、できることは出来ないとはっきりと明確にしなさい社会に出てからそんなふうに教わってきたような気がする。ビジネス上ではそれは大切なことだろう。よく、出来もしないのに「大丈夫です!出来ます」と言ってしまう営業マンがときどきいる。言い切ってしまってできるのならそれでも良いが出来なかったらクレームの嵐・・)大風呂敷を広めてしまい出来もしないプログラムをできると言って受注を取ってきてしまう健常者の頃そんな営業マンに振り回されたものだ。。到底不可能な納期でも威勢よく「出来ます!」といって受注するから困ったもんだ制作現場はパニック状態、徹夜、徹夜の連続だ。。。ビジネスはそれではいけない。もちろん多少の無理も必要だろうけどでも出来ないことは絶対に出来ないと言わなければ社内外に大変な迷惑をかける・・と思っていた。。でも、、人間が生きる目標や志はそれでよいのだろうか。僕は障害者になってから何度も聞かされた。「発症から6カ月以上経過して回復しない麻痺は回復は不可能だ」と・・確かに僕も実感している脳出血を発症当初は僕の左半身は完全麻痺だった左手左足は存在さえわからないほど全く感覚がなく、触れ...
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言葉は何より最良の薬だ

痛みとは本当に苦しいものである脳卒中の後遺症の疼痛というものはこの上なく辛く苦痛を伴う。そして誰も分かってくれないという心の苦痛を伴う。病者は現存する苦痛から逃れようとして、訴え、審査に耐え、薬物を服用する。健常者だったころの様な快楽の追求などはは一切なく、不快感からの逃亡しかない。自分自身で調節することができ、忍んで耐えられるときはまだ良いこの苦痛の根源を断ち切って独り立ちできるように医師を頼りに一切を預けたからこそ、苦痛を伴う検査にも耐え、命じられるごとく薬を服用するものだ。ただ、ただ苦痛や不快感から逃れる去ることしか考えられないのだ。そんなとき、医師は自分の辛さをわかってもらっているはずだと考えるからこそ全てをゆだねることができる。逆に医師の言葉から共感を得られない(理解してもらっていない)と感じたときそれこそ地獄である。そんな時こそ医師や看護師や家族のいたわりやいつくしみの言葉がほしいものだ。薬剤などよりずっと効果があるのではないか。なぜなら言葉こそ心を癒してくれるものだから・・痛みはは脳が作り出すものだという言ことは脳を患った僕はイヤというほど実感している。少なくとも脳卒中の...
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(自分の苦しい運命に対して)弱い者ほど許すことが出来ない。

弱い者ほど相手を許すことが出来ない。許すということは強さの証だ!ご存知の方も多いと思いますがこれはあの有名な(僕も尊敬する)インドのマハトマ・ガンジーの言葉だ。この言葉は相手に対する心構えだと思っていた。でも今、僕は自分自身に対しての言葉ではないかと感じている。そして「自然の摂理」に対する言葉ではないかと感じている。僕は今こう考えている弱い者の自分が病気になったことを許すことが出来ない。自分が災害などの苦境に陥ったことに対して有すことが出来ない。病気になったことを、苦境に陥ったことを自然の摂理と考え、受け入れ許すということは強さの証だ!今、そんなふうに考えるようにした。そう考えることによって自分の心は救われるからだ。
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弱い者ほど許すことが出来ない。

弱い者ほど許すことが出来ない・・難しいなぁ人の心って・・無私無欲になれたらなぁ・・生・病・老・苦、選択の余地のもなく逃れられないのに逃れられないのに逃れようとして人は苦しむ。ただ心の安寧がほしいだけ・・それだけでよいのにまだ自分の運命を許すことができていないないだろう僕、弱いなぁ・・まだ
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脳を患うということ

脳を患うということ。身体が思うように動かないそれだけではない「感覚」がない。今、そこに存在するモノすら感じることができない。生きている感覚がまるで違う・・感覚をやられると自分が自分でないようなおかしな感覚早く出たい!このおかしな世界から・・生きてる感覚がないというか・・誰も分かってくれない。たぶん永遠にわからないだろう誰にも・・これだけ感覚がなくなってしまったというのに言葉を理解する、自分を理解する知能だけは残っている。。自意識だけは残っているようだだから苦しい・・苦しいということが理解できているだから苦しいこんなことなら自意識さえもなくなって欲しかったとさえと思う。早く出たい いつになったら出る事ができるんだろう誰か出してくれ・・このおかしな感覚はまだ誰にも伝えられていない。どう伝えて良いのかわからないから・・正確な言葉が浮かばない・・ただいえるのは「苦しい」それだけ・・どこが?と聞かれてもわからないとしか言えない。こんな状態で変に伝えると「頭がおかしい」と思われるかも知れないからそして皆僕から離れて行くような気がするから脳を患うとやっぱり心まで患ってしまうのだろうか今の自意識は正常...