人間について

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希望、いや志に向けて出発だ!忙しい1週間のスタートだ

今日は大手N社とスマートシティに関してうち打合せその足で神戸空港から東京だ。(それにしても羽田空港の広さは半身麻痺の僕には辛いだろうなぁ・・)本日夜東京では新ビジネスの打合せ明日明朝には大阪に向かって帰阪明後日もこれまた海外向け展開のための打合せ。そのあとすぐに脳神経外科の診察金曜日はリハビリ病院の診察、その後すぐに海外からのオファー対応にMビルのオファー対応準備だ。よこの半身麻痺で痺れ続ける身体でこなせるかなぁ・・忙しい・・とにかく今週は忙しい忙しいということは良いことだ。暇になると人間ろくなことを考えないものだ。小人閑居して不善を成すその通りだと思う人間暇があると余計な知識ばっかり頭の中をぐるぐる回ってネガティブ観念論のオンパレードでノイローゼ・・そして何も行動できなくなる・・人間、心が蝕まれたら全てが終わりだ 心だけは健常でいたい身体では健常者に負けるけど、できないことも多いけど、心だけは健常者に負けたくない一時はもう僕の人生は終わったかな・・と感じていたけれど、、本気で自死も考えたこともあるけれど、、「障害者でも役に立ちたい」「健常者に負けたくない」その思いだけで、更に周囲のわ...
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あの世なんて存在しない方が良い 死後は無になった方か良いとかんじている

なぜ僕は死後にあの世なんて存在せずに、無になった方が絶対に楽だと考えているのかについてもう一度書いてみますあの世という世界を考えたのは人間は自分が死んだとき、自分の「意識」までも消滅するとは考えにくいからだと思います。それと自分で意識が消滅するということを想像することが難しいと同時にある意味恐怖感を抱くからではないでしょうか。でも僕は違うんです。僕が「あの世なんて存在しない方が良い」「死後に魂なんて起こらない方が良い」と考えるようになったのは脳出血で障害を負った当初、「自分は何の役に立たない人間になってしまった」という思い駆られ自暴自棄になってしまった時のことです。自宅に居ても常時ベッドに寝ているだけ、、1日24時間天井を見ながら過ごす日が続きました。このとき味わったのは強烈な「孤独感」です。この孤独感というものは地獄でした。(多分味わったことのない方には理解し難いと思いますが、)役に立たない人間であると感じていると同時に人とのコミュニケーションが絶たれる状態と言うのは予想以上に辛いものです。このとき僕はに思ったのです。死後、肉体が滅び、「魂」とかいうものだけが残ったとしたら同じ状態で...
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世の中は自分に中心と考えた方か良いのかもしれない

世の中は自分に中心と考えた方か良いのかもしれないと最近思っている。自分が世の中の中心である!僕はこの世の中は自分の中心で動いていると以前から感じている。それは利己主義という意味ではなく僕の世界観として自分が中心に存在すると感じている。以前にも書きましたが僕は脳卒中という経験から魂というものの存在を信じなくなりました。つまり「脳=心」であるということを実感しているからです。デカルト以来、心身二元論(簡単に書きますと脳や体は機械のようなもので魂や心とは別物であり心身に魂が宿ってこそ生命となるという考え方)が一般的な考え方として信じられてきました。しかし実態のない魂が実体のある脳にどうやって作用するのかということについては、長い間説明できないままでした。「脳=心」ということを実感した理由のひとつとして下記の経験があります。今回、脳の損傷に伴って左半身が運動麻痺したのと同時に、中枢性疼痛のという辛い痛みと痺れに悩まされました。この中枢性疼痛と言うのは、麻痺した側の手足に特に異常(怪我や血行不良)がないにもかかわらず 痛んだり痺れたりするというものだ。本来痛みやしびれというものは、体のその部分に...
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人の心次第で全てが変わる.

人の心次第で全てを変えることができる。今、そんな確信を持っている。精神的な病はもちろんのこと身体的な病でさえも人の心次第で治癒することができる。そして自分の未来さえも変えることができる。希望を持つことができる世の中にできるのは人の心次第だと思う。こんなことを言うと「古い根性論」と思われるかもしれないけれど、僕自身の実体験からそう感じる。僕は中枢性疼痛という激痛と酷い痺れに四六時中(1分1秒と消えることはない)悩まされている。肉体的な痛みであるにも関わらず、心の持ち方で和らぐのだ。激痛と酷い痺れのある左半身の体には何の異常もないのだ。にも関わらず激痛と酷い痺れを感じるのだ。なぜならその存在するはずのない痛みと痺れは(脳出血で損傷し)イカれた脳が感じているだけなのだ。そして僕の痛みと痺れは心に感動を覚えると確実に和らぐのだ。これは以前にも書いたけれども「感動する映画」を観た後は不思議と肉体的な痛みと痺れが和らいでいるのだ。つまり心が修復されると脳が修復され痛みと痺れが和らぐのではいかと思っている。脳=心、心=脳なのだ。そんなふうに考えると物理的な体の傷の痛みさえも心次第で和らぐはずだと思う...
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心のネガティブスパイラル

怒り、憎しみ、悲しみ、落胆、どれも心の悲しい言葉です。人はそれを克服するためにときに他人を攻撃してしまう。それは自分の苦しみを分かってほしいことの裏返し。分かってくれていないと感じると憎悪の心がまで芽生えてきてしまう。そして益々憎しみがつよくなってきてしまう。そんな自分を見て益々自分が嫌になるこんな心のネガティブスパイラル・・それは人を憎悪することで、攻撃することで自我が壊れそうになるのを必死に支えるためかもしれない。不安に満ちた、そして不確実な世の中・・そんな世の中(人間社会)で自我を強くを保ち続けるのって難しい事だと思う。そんな心のネガティブスパイラルに陥らないためにも僕は必死で、無理やりにでも志や希望を心の中に作る。そうしていないと自分が壊れ、そしてひいては人を傷つけてしまいそうだから、、、だから人の役に立っているという自分を確かめたい。まだ少しでも人の役に立つことができるんだということを・・
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ほとんど怒らない僕

僕は怒らない人を憎むこともほとんどない。どんなに悪態をつかれても誹謗中傷されても、いじめられても僕はほとんど腹が立たない。昔からそうだった。仏の岡下などと言われたこともあるほどだ。なぜ僕は腹が立たないのだろう。考えてみた。その原因は子供の頃にさかのぼることに気が付いた。僕は子供の頃いわゆる「いじめられっ子」だった。昔は今の「いじめ」のように周囲の皆が結託して一人をいじめたり、無視したりするようないじめではなかった。ドラエモンに出てくるジャイアンのような「いじめっ子」がひとりいて自分より弱い子をターゲットにいじめるという感じだった。そして僕はそのターゲットだった。何回もそのいじめっ子に泣かされたものだ。何回もいじめられてるうちに僕は「なぜあの子は僕をいじめるんだろう」と考えるようになったことを覚えている不思議だった。なぜ???なぜ?・・なぜ僕をいじめるの?なぜ僕なんだ?そんなことを考えていたことを覚えている。そんな風に考えているうちにその子が自宅で3歳年上の兄貴にいつもいじめられていることがわかった。そのことが分かってから、きっとあの子は自宅で辛い状況にあるそのはけ口が必要だったんだろう...
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勝利とは

勝利とは・・相手を倒すこと人生の勝利とは・・成功という結果を残すこと僕の人生の勝利とは結果に関係なく、やれるべきこと、いや、やるべき事を貫徹すこと
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「つながり」のために生きる

僕は今あなたは何のために生きていますか?と聞かれたらはっきりとこう言えます。「つながり」のために生きています。。と・・お金のためでもありません。地位や名誉のためでもありません。ただ人との「つながり」が欲しいから生きる。本当にそう思っている。僕が半身麻痺の障害者になった当初、ほとんど身動きが出来ず、自宅で一日中部屋の天井を見て過ごさなければならなかった。それは恐ろしいほどの孤独だった。うまく言葉に出来ないけれど、脳出血によって障害者となり、それまで築き上げてきた会社は破産、自分自身も父親として、あるいは夫として必要な能力まで、いろいろなものを失った。そんな絶望感の中で、一人では外出も出来ず、部屋のベッドで寝ていた日々。孤独だった。。。それは死ぬほど孤独だった。何もできない状態で孤独であるということはそれは恐怖以外の何物でもなかったように思うこんなことなら本当に死にたいと感じた。そのときの経験から僕は孤独というものを最も怖れている。だから僕は常に「人とのつながり」を感じていたい。それこそが僕にとって生きる価値であると感じています。僕だけでなくどんな人間にとって孤独は恐怖なのだと思います。昨...
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痛みや痺れに打ち勝つ。

今日は会社から、左半身の痛みと痺れがヤケに強い。左半身全体が、サンドペーパーになっているような感じだ。苦しい、苦しい、しかし負けない。絶対に負けない。心の中で唱える。無私無欲、無私無欲・・・負けてたまるかそう唱えていると、少しずつではあるが和らいできた。よし!がんばるぞ。この僕が日本で初めてのスマートシティーモデル地区を構築するコーディネーターになってみせる!心さえしっかりしていれば、物理的な痛みや痺れなんてどうってことない!左手が動かなくても、右手がある歩くのは遅いけれど、歩くとき猛烈に左足が痺れ激痛が走るけど歩きないわけじゃない。だったらスピードが遅くとも何でもできるじゃないか。そうだ!遅くても良い健常者の10分の1のスピードでも良い。実現することが大事なのだ。この中にその執念を持ち続けることが最も大切なことだ。それでこそ志と言えるのではないだろうか。志さえあれば、痛みや痺れなんか乗り越えられる。
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人生って不思議なものだ!

予想外の展開をしている。。。。全くの予想外の展開をしている。。。。ここにきて(1月に入って)僕が志として進めているスマーシティや再生可能エネルギーの普及に関連する仕事だけではなく、あちこちから、こなしきれないほどの仕事が舞い込み始めている。。老舗の通信会社N社からスマーシティや再生可能エネルギー技術に関する講演依頼次に来たのは、なんと六本木ヒルズのMビルからの仕事が3月にオファーが来そうだそして大手広告宣伝会社D通からの仕事だもちろん直接ではない。人を介してだけれども・・それにしても、こんな障害者の僕に・・であるその他にも、音楽関係のビジネスに誘われている。こちらも大きなビジネスになりそうだ。予想外の展開・・予測不能である。ほんの3年前、僕は脳出血で倒れ、左半身不随という後遺症を負ってしまい自分自身、再起不能ではないかと思っていた。だから自分の会社も清算(会社破産)した。自己破産もした。そして事実上無職無収入となった。収入は、障害者年金のみとなった。この段階で(ある意味)僕の人生は終わったかな。。。と覚悟した。もちろん障害者枠で就職活動もしてきたけれど、ほぼ毎月、ハローワークで障害者向...