人間について

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便乗値上げで電池4本1万5千円!!これって犯罪だ!(+_+)

人の不幸に平気で付け込む輩がいるもんだ。アマゾンマーケットプレイスで電池4本が1万5000円で売っている業者がいたらしい。。これはもう犯罪でしょ。アマゾンはこの業者を公表すべきだと思う。社会からの制裁を受けるべきだと思うそれにしても今でもアルカリ電池が数千円で出品されている。アマゾンはいくらフリーマーケットと言えど、こんな出品は消去すべきではないか?
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震災などの災害の際になぜ日本では略奪や強盗をなどの犯罪が起きないのか。

今回の東北関東大震災において、日本人が略奪や強盗をなどが全くといってほど起きず、実に礼節を保ち行動していることに対して世界中から(あの日本を適している中国からでさえも)称賛の声が出ているらしい。世界からの賞賛の声のニュース中国からの賞賛の声のニュース確かハイチの大地震の際にも、先進国では数年前のアメリカのハリケーンカトリーヌによる洪水の災害時、にも略奪や強盗が頻発したといいます。そして西欧諸国の人々はそれをある意味で「仕方のないこと」と捉えていたようです。しかし日本は全くそんなこと起きなかった。そのことに対して、驚きと賞賛が相次いでいるらしい。確かに日本でもこの機会を利用して便乗値上げをする悪質な業者や振り込め詐欺などをする輩が日本にでも、出てきています。しかしそれは他国の災害の際に起こる略奪や強盗の数と比べ物にならないくらい少ないのだ。僕はこのことについてちょっと考えてみました僕なりに思うのは神道や仏教の中にある「性善説的」な考え方とキリスト教の中にある「性悪説的」な考え方に起因するのではないかと感じています。「的」と書いたのは、本当の「性善説」や「性悪説」というのは、ここで書く内容...
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また中国からSQLインジェクション攻撃だ

今日、日本の技術を紹介するサイトMY-JAPANに新しい技術を登録しようとしていたら、データベースにまた悪意のあるクロスサイトスクリプティングを誘発するようなスクリプトが書き込まれていた!また中国からだ!もう許せない!こっちは被災者に飲料水化設備を供給するための準備で大変なんだ!いい加減にしてくれ!ついさっきまで、書き込まれたスクリプトの削除作業に追われていた。。スクリプトはすべて削除したがCRHOMEのブラウザでこのサイトを見るといまだに「危険なサイト」と表示されている至急Googleにウェブサイトの再審査の請求をした。中国人よもういい加減にしてくれ、そんなに日本が怖いのか!
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NPO法人で被災地に向けに移動式海水飲料水化設備を提案できた!

今日はいろいろなことがあった。海外向けに日本の技術を紹介するサイトに対して中国から攻撃があった時にはその復旧作業にもう精神的にギブアップ寸前だったけれど、良いこともあった!自民党のS・K議員さんと直接話しをすることができ、自民党の災害対策本部に東北の被災者に向け移動式海水飲料水化設備を提案できた!なんとか導入してほしいと思う。絶対に役に立つはずだ。1日100トンの飲料水を海水や濁水から作れるのだ!タンクローリー約10台分だ。遠距離からタンクローリーで運ぶよりずっと効率的だ!在庫には、2機しかないのでこれだけの広範囲の被災地にはとうてい足りないようで、新規に建造することまで提案できている。自民党の方がアグレッシブに動いてくれそうだ。民主党と政府は福島原発対応に手がいっぱいのようだ。やっぱりまだ民主党は政権党としては「アマチュア」のような気がする。物資供給などの被災者支援にが回っていない感じがする。今この瞬間にも水がないために死ぬかもしれない被災者がたくさんいるのだ。なんだか片手落ちな気がする。とりあえず自民党にアプローチしてよかった。こんな障害者でも自分が少しでも役に立たそうな感じがして...
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日本人の自然の脅威を受け入れる器と忍耐

日本人の自然を受け入れる器と忍耐今回の大震災を通して日本人にはどこの国にも負けない自然脅威を受け入れる器と忍耐があると感じました。自然の脅威とは何も震災などの災害ばかりではないと思います。病も同じであると思います。病も自然の一部です。どんなに医療が発達しても、人間には、すべての病を撲滅することはできないと思います。病も自然の脅威の一つだからです。死も同じです。死も人間である以上、避けて通ることができません。受け入れざる得ないものです。自然の脅威に襲われるのは世界共通ですが、その中でも特に日本人は、冷静に受け止めることができる民族ではないかと感じます。だからこそ災害が起きても、礼節を失わず、冷静な行動ができるのだと思います。こういった脅威を受け入れるためには忍耐が必要です。人間がどんなに抵抗してもムダだからです。受け入れるしかないと思うのです。「受け入れる」とは「心が受け入れる」ことです。このような苦難や教育受け入れるためには自我をなくす必要があると思います。。自我とは自分の中にある本能的欲求だと思います。だから自我があるとその自我の持つ欲求(煩悩)を満たされないと人は苦しむのだと思いま...
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自民党災害対策本部から飲料水化設備の詳細情報提供以依頼があった

今日、朝、僕の携帯電話に直接自民党災害対策本部から飲料水化設備の詳細情報提供以依頼があった!3日前、無謀にも自民党のS・K国会議員にダイレクトアタックをかけたことが功を奏した!そして詳細な情報提供ができた。提案した移動式飲料水化設備は下記のようなものだ。淡水・濁水用(FPS-80)と海水用(TDA-OS100)がある<海水→飲料化設備(TDA-OS100)>・トレーラー2台による移動が可能です。・1日100トン(約タンクローリー10台分)の処理と供給が可能です。・海水からの飲料水化が可能で、東京湾での水質実験でも合格しています。・殺菌処理は次亜塩素酸ソーダではなく、オゾン殺菌処理です。<淡水濁水→飲料化設備(FPS-80)>・取水池近辺での半固定式設置設備・1日80トン(約タンクローリー8台分)の処理と供給が可能この設備は必ず役に立つ!自信がある!これで少しでも被災者の方々の命が救われれば本望だ。今回だけでなく日本中の各自治体に災害対策用として導入してほしいとまで感じている。障害を負ってからやっと少しでも「人の役に立てる人間」になれたような気がする。何にも報酬はないけれど、それだけで嬉...
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「希望と勇気」こそ不可能を可能にする人間の行動と知恵の源泉だ

絶望のような状況の中で希望を持つそんな事どうやってできるんだろうか家もなくし、愛する家族もなくし、仕事もなくしお金もない。「希望を持ってください」というけれど、そんな状況の中で希望なんて持てやしない。どうやって持てとい言うんだ!持てるわけがないじゃないか!確かにそう思う。でも僕の父親は言った過去振り返ってみて、あの第二次世界大戦の終戦時あのときは日本全国が焼け野原だったという。もちろん仕事もない。愛する人は皆空襲で死んでしまい多くの若者が戦地で死んでしまった。物資もなく、食料もなく何もなかったという。それでも日本人は希望を持っていた。。。となぜ希望が持てたのだろう。僕は思います。それは日本人が皆自分たち日本人を「信じた」からではないかと・・自分を信じるところから希望は生まれるのではないか。この「信じる」という行為には何の根拠もない。希望を持つことに、自分を信じることに根拠など必要としない人の心の中でそう思うだけなのだから。。。世の中に完全な確実性も未来の希望を約束できる根拠なんて、どこにも一切存在しない。だってこの世の中自体が不確実性に満ちているのだから・・ そんな不確実性に満ちている...
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希望は信じる心から生まれ、絶望は不信から生まれる。

現在、日本では大地震が発生し多くの被災者が出ているなかで助け合いの輪が広がりつつあり、他方リビアでは殺し合いが広がっている。人間とはなんと滑稽なんだろう。この違いは「信じる」か「信じない」かの違いのような気がする。自分を信じ、仲間をそして自国民を信じる心からは希望が生まれ、助け合いが生まれ、苦境から脱出を可能にする逆に不信からは何も生まれない。自分を信じない心からは自暴自棄となってしまい、他人を信じないという不信からは憎悪と敵対心しか生まれないそんな心からは前向き知恵も行動も出るはずもなく、破壊と殺し合いしか起こらず、何も新しい英知が生まれず、苦境からの脱出もできず、逆に状況を酷くし、泥沼化させてしまい永遠の憎しみの連鎖を生み、人の心から本当に希望が消滅させてしまい本当の絶望を引き起こしてしまう。現在のリビアと日本の状況を見ていて思う。人間はなんと矛盾した生き物なんだろう・・
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無私無欲が人間の無限の可能性を生み出すのではないか

挫折感・屈辱・悲しみ・怒り・恐怖・プライド・こだわりこういったものは人間の可能性にとって非常に邪魔になるものと思う悲しみや怒りや悔しさをばバネにして立ち直るというパターンもあるが僕的にはこういった感情はよくないと思っている。プライドやこだわりさえも邪魔になると思う。なぜならプライドやこだわりは心の視野を狭くしてしまうと思うから・・苦境の中では様々な乗り越えるための「策」のオプションを考えなければならない。そんなときプライドやこだわりは「プライドから来る遠慮や恥」のような感情を持たせてしまうと思う。そうなると冷静に客観的に考えられるあらゆる施策オプションを行動に移すことができなくなるのではないだろうか。「このオプションはこうだからダメ」「このオプションはああだからやめておこう」というような「言い訳」の原因になると思う。人間の「自我」から来る「制限」を全くなくすことによって客観的に冷静な施策を考えることができ、行動に移すことができるのではないだろうか。自我とは本当に厄介なものである。僕にはまだまだ自我が沢山あると感じる。完全になくすことなど不可能だけれども、苦境を乗り切るときにはできうる限...
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高い欲求水準と無私無欲

全く新しいことを推し進めるときに必要な心構えは高い欲求水準や目標を達成するための強烈な情念やこだわりのようなものが必要だと思います。半面、人間の持っている強い情念やこだわりのようなものは心のも視野を狭くしてしまい、且つ客観的で冷静な判断の邪魔になることが多いと思う。その意味で自分の(自我の持っている)情念やこだわりのようなものは捨てなければならないと思う。この「欲求」と「自我を無くす」という相反することをどう考えればよいのか最近考えている。苦境に陥ったとき、そこから抜け出すためには後(過去)を振り向かず、ただひたすら無私無欲で前を向いて希望を持って行動することが、新たな道を切り開く源泉になると思う。自我は怒りや悲しみを生み判断をゆがめてしまう可能性がある。しかし高い要求水準というものはある意味で「強い自我」が必要だと思う。自我が必要だが自我をしてなければならないこれは矛盾しているのではないか。よくよく考えてみるとその「強い自我」というものがどの方向に向けられているかということが大切なのではないかと思うに至った。その強い自我が私利私欲に向けられているときが良くないのではないか。その場合自...