人間について

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我欲

自我僕は本当に無私無欲になりたいのだろうか無私無欲になることで苦しみから逃れることができる。無私無欲になることで我欲を捨てることができ、冷静で客観的な思考ができると考えていたけれど、僕は自分が役に立たない人間になってしまったのではないかと感じることにに対して恐怖を感じ、障害者でも役に立つ人間でありたい。と考えて少しでもそうなれるようにこの約3年間必死でがんばってきたつもりだ。でも障害者でも役に立つ人間でありたいと思うこと自体、僕の「役立つ人間でありたい」という我欲に過ぎないのではないだろうか。もし今左手や左足が健常者の時のように動いたら、霞が関を走り回りたい。思いっきり仕事をしたい。素早くキーボードをたたいて作りたいの資料が沢山ある。いろいろなところにをも持って行きたい。仕事に走り回りたい。そしてもう一つもし今左手が健常者の時のように動いたら、息子に水泳を教えてあげたい息子を抱っこしてあげたい、もし今左足が健常者の時のように動いたら息子と走り回りたい。もし左半身に痛みも痺れもなかったら、あるいは無私無欲の心になることで、その痛みや痺れを乗り越えることができているなら、痺れや痛み強い午前...
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大きな大きな志と希望、そして小さな小さな志と希望

僕は今、とてつもなく大きな大きな志と希望とそして小さな小さなとてつもなく小さな志と希望を思っている。一つは日本のモノづくり企業の振興のため、海外販路開拓及び海外進出支援サポートするなどという実に大それた希望と志だ。半身麻痺の障害者の僕にそんなことできるのか。そんなことは分からない。でも、それは僕の志であり、希望なのだ。もう一つの僕の志と希望・・それは左手でお茶碗を持ってお茶漬けをかきこんで食べることそれと息子とキャッチボールをできるようになること(もともと左利きだから)こんな小さな小さなとてつもなく小さな希望と志だ・・どちらの志と希望も僕にとっては命より大切な志なのだなぜならどちらの志も僕にとっては生きるための心の支えになっているから・・どんなに小さくても志と希望は僕に生きる力を与えてくれる。僕に生きる意味を見出してくれるのだ。・・どんなに苦しい環境でも、どんなに辛い体の状態でも志と希望を持つことはできるなぜなら志と希望というものは、自分の周りの環境でもなく自分の体の状態でもない。それは自分の心の中に持つものだ。そんな志と希望があるからこそ、僕は毎日を前を向いて生きることができるだから...
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苦境を乗り切る精神力とは

苦境を乗り切る精神力とは何であろう僕はそれは自我を捨て去ることのできる能力ではないだろうかと思う。なぜなら苦境時に人の心を襲う苦しみ、悲しみ、怒り、憎しみ怖れなどの気持ちは自我があるから心の中に湧いてくるものだと思うのです。自我があるから、自らの喪失感に苦しみ悶える自我があるから、プライドを傷つけられ憎しみや怒りが生まれる自我があるから、自分を守ろうとし、自己防衛行動として攻撃的になり、結果として人を傷つけてしまうことになるのではないだろうか僕が脳出血にで障害者になったことによって最も苦しんだ理由も僕の心の中に強烈な「自我」が存在したせいではないかと思っている。これまで築き上げてきたもの(自分の身体・体力も含め自、分の会社や自分のプライド)を全て失ったのだ。その喪失感に僕の中の自我が苦しんだ。苦しんだ恐ろしく苦しんだ。この3年間、何度も自死を考えた。自我が存在するということは「自己のあらゆる欲求」が存在するということだと思う。高い欲求は時に行動を起こすための大きなパワーとなるけれど、一度その欲求を満たすことが不可能だということに気付いてしまうと、逆に強烈に生きる意欲を無くしてしまうもの...
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心のネガティブスパイラルとポジティブスパイラル

今日は午前中からなぜか何から何まで悪い方向に行くように見える.周囲のいろんな人が僕の邪魔をしているように思えてきたりして、憎悪のような気持ちまで芽生えてきた。なぜこんなネガティブな気持ちになったのかまったくわからない。きっかけは、ほんのちょっとしたことだったような気がする。中国の新幹線事故で事故車両を一旦地中に埋めて、掘り起こしているという。ニュースを見て、ちょっとムッとした。日本の技術を平気で盗むように利用しておいて、今はその新幹線技術を中国の技術として世界に売り込んでいる。技術を盗んめても管理能力はゼロだから運用できないんだ。思った通りだという気持ちの反面、腹が立ってきた。そんなことがきっかけで、あらゆるものに腹が立ってきた。人間の心とは不思議なものだ。午前中はどうにもこうにも気持ちがポジティブにならなくて困った。わけもなく「人を憎んでいる自分」が嫌になってきたり、麻痺ている左半身を見ていると無性に悲しくなってしまったり、うつ病なんだろうか、、と思えるほどだった。ところが、午後一番にある国会議員と面談できることになったことが分かった。その瞬間、なにもかもが旨くうまく行くような気がし...
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努力して結果が出なくても、

人一倍の努力をすれば成果が上がると言うのが普通であり、本来そうであってほしい。しかし現実は努力をしたからといって、必ずしもそうとは限らない。努力をしても、努力をしても、いくら努力をしても何の成果も上がらない。それで失望して落胆してしまうこともあろう。でも本当はそんなときこそ、心乱さず、じっと耐えて、尽くすべき努力を尽してゆくことが、人間の生き方として大切なことではなかろうかリハビリを始めてもう3年になる。当初は「必ずいつか回復してやる」という意気込みだったけれども、リハビリをやってもやってもなにも変わる気配がない。。そんな状態がもう3年続いている。正直言って僕の心の中は落胆しかかっているだからといって心を乱してしまい、回復を諦めてしまってはいけないのだろう。今こそ僕はじっと耐えて、やるべきリハビリそして尽くすすべき努力を尽してゆくことが必要なのだろう。そうやって努力しつづけることこそ誇るべき生き方なのだろう。そうしていれば、死ぬときに回復していなくても決して人生に後悔はしないだろう。これは私のような障害者が障害を克服するということに限らないと思う。健常者のころ、僕は、人生に成功あるいは...
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これは天命なのだろうか

僕は運命的論者ではないけれど、最近自分の人生を振り返ってみると何か目に見えない力に突き動かされているような気がするそれは自分ではどうにもならない運命のようなもので、逃れようとしても逃れることができない何か強い力で無理矢理突き動かされている。そんな運命のようなものを僕は今感じている。思い返せば、、もともといわゆる大企業の一介の人前でろくに話しもできない口下手で臆病なサラリーマン技術者だった僕が何の因果か自分で会社を興すなどという全く自分の性格とは合わない大それたことをしてしまった。それゆえ小さな小さな零細企業だったけれども、社長様に苦労に苦労を重ねた。そしてやっと少しは会社らしく、社長らしくなってきた矢先に脳出血で倒れでしまった。そして必死で築き上げてきたものを全て失ってしまった。もうこれで僕の人生は終わってしまったと感じた。それが今、今度は国会議員と直接話をして日本の再生可能エネルギー活用施策を直談判しようとしている。それも大それた提案をしようとしている。我ながら滑稽である今も障害がとてつもなく苦しいにも関わらず僕は今、何かに突き動かされているように必死になっている。本当に苦しい。何も...
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なぜ花は美しいのだろう

僕は男だからかもしれないけれど、これまで感謝のしるしとして花を贈ったことがなかった。そして花がそれほどまでに(感動するほど)美しいと感じたことはなかったデザイン的にも人を喜ばせる(あるいは感動させる)ほどの美しさを持っているとは感じていなかったでも障害者になってからというもの最近、不思議なことに花が(感動するほどに)美しいと感じることがある。それは花というものは、その植物が種子から芽を出し、厳しい自然を生き抜いてきた最終的な証として「最期」に咲かせるものだと感じるからだ。小さな花でも美しい。大きな花だから必ずしも美しいのではない。道端に咲くタンポポの方が洋ランなどよりずっと美しく感じるのだ。なぜならタンポポは花を咲かせるまでに何度も踏みつけににされ生き抜いてきた結果最後に咲かせた花だと感じるからだ。花の美しさとは花の大きさでもない、デザインでもない大げさだけれども大きな花を咲かせる事ができなくても、たとえ小さな花でもその花が咲くまでに生き抜いてきた生き方に美しさを感じるのだ。どの花もその植物の一生の最期の証と最近感じるのだ。
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「無私無欲」と唱えることは僕にとって心と身体の最大の特効薬である

「無私無欲」と唱えることは僕にとって心と身体の最大の特効薬である(ほとんどの人間はそうだろうと思うけれど)僕は日々悔しい思い歯痒い重い悲しい思い体も痛くて辛い、心が辛いそんなことの連続である。そんとき僕は「無私無欲」と唱えるようにしている実際に口でつぶやくようにしている。そうすると不思議なことにとても冷静な心になれるのだ。そしてもっと不思議なことに身体の痛みや痺れさえも和らいでくるのだ。心が冷静になれるので客観的で適切な判断ができるようになるその結果気持ちが前向きになれるのだ。「無私無欲」この言葉は今にも荒みそうな僕の心と身体の最大の特効薬であると思うのだ。
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善意に受け止める

人間、生きて行く上で様々な困難に出会う。そんな困難を善意に受け止めると言うか自分を成長させるため与えてくれた試練と思えるかどうかということが大切なのではないか。よく何でも善意に受け止めることは騙されやすいお人好しと言われたりするがそうなのだろうかたとえ人に騙されたとしても、その騙されたことによって、また一つ賢くなったと考えることができれば成長ではないだろうか自分に襲いかかる困難をこのように自分を成長させてくれる試練と考え善意に受け止めることができれば僕ももっともっと成長できるのだろう
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【開催!】アジア進出を見据えた中小企業のためのオーストラリア 進出戦略セミナー

9月5~9月8日にかけて「アジア進出を見据えた中小企業のためのオーストラリア進出戦略セミナー in KANSAI」という海外進出セミナーを私のNPO法人主催で開催することになりました!このセミナーは中小企業が海外に進出あるいは販路開拓するためのさまざまなノウハウをオーストラリア進出をベースにお話いたします。「輸出経験がないので海外とのやりとりが不安」「海外進出や販路開拓をを考えているが、何か準備すればよいのか分からない」「海外との商談や契約の方法が不安」そんな中小企業のためのセミナーです。そんなノウハウをオーストラリア進出をベースにお話いたします。なんでオーストラリア?」と思われる方も多いかもしれ?ませんが、7内容としては、アジア(ベトナム・タイなど)?の海外進出激戦区への参入も視野に入れつつ、中小企業にとって進出すると実はかなりメリットの多いオ?ーストラリアにまず進出して、海外進出経験をつけてから?激戦区に船出してみては?的な感じです。オーストラリアというと観光地のイメージが非常に強いですが実は中小企業にとって進出しやすい絶好のマーケットなのです。多くの企業は現在東南アジアの新興国(...