人間について

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免責は受けても罪は消えない

自己破産で僕が思うこと・・免責は受けても罪は消えないと僕は思っているそんなことを考えるのは、ある知人の自己破産者の事を思い返す度にそう思うのであるどいうことか確かに免責は法律的に責任がなくなる事であるでもそれでその人の犯した過ちの罪が消えるのか?といえば、そんなことで消えるものではないと思うのだというのもその知人はサラ金に借金しまくり、友人・知人にも(必ず返すから信用してくれと・・)数百万借りたりしていた挙句、自己破産した。。で免責を受けた。。実際、自己破産で免責不許可になるのは本当に少なく破産手続き中に財産隠匿とか、免責を受けるために債権者や裁判所を欺くような悪質な行為をした場合に限るらしいで結局、彼は免責を受けた免責後・・彼は、いかにも俺は無罪j放免だ!といわんばかりに彼を信頼して数百万貸してくれた友人にも、大きな顔で何の謝罪もなく、(その友人は貸した数百万がか返してもらえないせいで悲惨な状況になっているにも関わらず)自分は再びのうのうと俺には関係ないとばかりに生きている僕はそれを客観的見ていて何かが違う間違っていると感じていたその僕の結論が・・「免責は受けても罪は消えない」という...
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すべての苦しみは自己が原因

自分が苦境や苦しみに陥った原因を人は外部(他人や自分の環境)のせいにしがちだあいつのせいで、・・政治のせいで・・生まれた環境のせいで・・でも、それは違うと思うようになった「外部のせいで・・」とか「あいつが悪い、憎い」と思う心が自分を苦しめているだけなのだ。すべての苦しみは自己が原因である・・と・・自己が変われば苦しみも消える・・そう思うえば、憎しみも怒りも消える憎しみや怒りの炎は、自ら消さなければ自分自身をも焼き尽くしてしまう
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不労所得・・

僕は物心ついた頃には朝起きるとお袋も親父も既に仕事していてお袋は7時頃に仕事から戻ってきて朝食の支度をして、皆で朝食を食べお袋は8時半過ぎにはまた仕事に出て行ったといっても両親は自宅から100mほどのところに縫製工場を持ちそこで仕事をしっていたから会いたいと思えば、すぐに会いに行く事ができた。親父は親父で町工場の経営者だから昼夜なく働いているのを幼い頃からみていた。だから夕食もお袋の仕事が一段落してから(つまり、キリの良いところまでは仕事していた)いつも20時頃が夕食の時間だった。そんな環境だった僕は、大人は一日中仕事をするものだと思い込んでいたし、四六時中父母は工場の採算が合う・合わないとか仕事がある・ない・・で喧嘩をしていたそのせいか仕事をしないとお金はもらえない(食っていけない)のだつまり働かざる者食うべからずという考えは知らず知らずに当たり前の事と考えるようなっていたと思う。。でも最近思う事、感じる事はこの「働く事」に対する考えが大きく変わってきている気がする。「働かざる者食うべからず」が当たり前ではない人達が多くいるように感じる最近、若者たちが働くところがなく、あってもブラッ...
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過去は終わってしまったし、未来は分からない

人は不安になるなぜなら、たぶん人(僕)は(できもしないのに)未来を自分勝手に予測しちゃうから・・そして過去を悔やみ、未来を嘆くのだと思う・・過去は終わってしまったし、未来は分からない大事なのは今この瞬間の判断だと思う僕も脳出血になって「障害者」となったときには過去を悔やむというか時間が巻き戻せるものなら巻き戻したいと何度思ったことか・・でも過去は変わらない過去は、もう終わってしまったのだからいくら嘆いても過去は何も変わらないそしてこれから障害者として生きる不安から未来を嘆いたでもこれもいくら嘆いても未来なんてどうなるか誰にも分からない。もちろん、想定して準備する(備えることは)できるけどどうなるかなんて嘆いても絶対に分かる訳がないなのに、未来に嘆いて苦しんでいた。無駄な心の嘆きだったと思う大切なことは今この瞬間の判断に集中することそれによって未来も変わる。人間の人生は二者択一の選択の連続だと思うその瞬間瞬間の二者択一の選択をどっちに向かうか(どっちを選択するか)によって未来が変わる因果律だ・・・だから今この瞬間の二者択一の選択判断に集中することが最も大事・・終わってしまった過去を悔やん...
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人間、走る必要なんてほとんどないのかも・・

脳出血で半身不随の障害者になってから、この6年よく考えたら、一度も走っていないのだ・・だって走れない身体だから・・当り前かそれにしても健常者の頃、僕はよく走っていたと思う元々体力には自信がある方だったし脚力もそこそこあった仕事にしてもフットワークが良かったと思う。そのせいか、よく走っていたと思うでも、この6年全く走っていない・・振り返っても走る必要もなかったしそもそも走れない身体になったから走れないことを前提に行動するしスケジュールも組む東京に出張など行くときには事前にほぼ全ての行程(歩く道や場所)をイメージトレーニングする。。そしてすべての行程の時間をできる限り正確に予測するその上で、50%近くの時間の余裕を取るそんな風に自分なりに工夫してきた。これまで大変だったのは予期せぬ尿意くらいだこれがまた大変だった記憶がある。。苦笑どんなに膀胱が破裂しそうになったとしてもお手洗いに走ろうにも走れないのだから・・ひたすら我慢するしかないそれくらいしか走れないことによる困った事は思い出せない。その他の事はほとんど事前に予測できるから(予測して行動を計画していた)のだろう。慌てて走る必要に迫れて困...
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先の見えない不安って・・

先の見えない不安って皆あるだろうけど・・・僕も脳出血で半身麻痺の障害者になってしまったときこれからどうなるだろうという不安でいっぱいだったでもよく考えて見えるとそれは本当は先が見えないことに不安だったのではないことに最近気が付いた先が見えないなんて障害者だから障害者になったから先が見えなくなったのではなくたとえ健常者であっても皆、この先何が起こるかわからない中で生きているじゃないか本当は先が見えないことに不安なのではなく先の見えない将来に何か起こったときに対処できる自信がないことに不安なのだそう僕もそれまでのように歩くことさえできなくなった自分にこれまでのように対処できる自信がないことに不安だったのだと思う実際この数か月、東京までこの身体で何十往復もしたし、会社が倒産寸前のとき、この身体で債権者会議にたった一人乗り込み、対応もでき、なんとかその場を乗り切った(そのあと結果はダメだったけど)この身体でそんな事までできた今は障害者になった当初のように対処できる自信がないということはほとんどなくなり逆にこの身体でも何だってできる自信ができているだから今はそれほど「先の見えない不安」は大きくな...
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生から死への狭間の「苦」

昨日からネットニュースで俳優の今井雅之が末期癌のステージ4を告白と言うニュースが流れているその中でも以下のニュースは読んでいてキツかった・・Yahoo!ニュース 今井雅之「殺してくれ」と安楽死求めた「悔しいなあ、と。生きていることがこんなにつらいと思ったことはなかったです」という部分・・「その方が楽ですから。こんな夜中に痛みと闘うのは…飯が食えないのは…本当につらいです」と涙で声を震わせたという部分・・僕には末期癌の苦しみがどんなものか知る術もないけど・・末期癌も疼痛がキツイと聞く・・だからモルヒネ打つというそこまでして「生きる」必要がどこにあるのか・・?と僕は思う。。僕は死は怖くないなぜなら死は生きる「苦」からの解放だと思っているから・・(少なくとも僕のこの半身不随の障害は僕はにとって未だ最大の苦だ)でも、死よりも生から死への「狭間」はもっと怖いと思っている。その「狭間」こそが人間にとって最大の「苦しみ」ではないかと感じるから・・皆、本当はそうじゃないのかな・・人が生から死へ向かう「途中」こそが苦しく、それが怖いだから「安楽死」とい言うものがあるのではなのか?死へ移行してしまったらも...
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許しなんてそう簡単じゃない

人間、許しが大切なんていうけれど、人を許す自分の人生を許す自分の病気を許す自分にふりかかかってきた災難を許す自分を裏切った人間を許す・・などなど・・実際(何か)を許すとなるとさ・・許す限度なんて持ってっちゃいけないんじゃないかなって思ったここまでは許すが、ここからは許さないなんて言ってるようじゃそれは本当は最初から許していないんじゃないのかな・・。イスラエルとパレスチナの対立ななんか見ても世界のどの対立みてもそんな感じじゃないのかな・・
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考えさせられる人間の光景・・

昨日以下の3つの動画をたまたま観た・・考え込んでっしまった。。新富裕層? フリーター漂流?障害者差別(別視と無関心?)考え込んでっしまった。。政府や国のスローガンとは裏腹な、すごい格差の現実、差別や蔑視の現実だ・・人間とは愚か・・だなとかこれほどの格差社会になった世の中何かおかくなっているんじゃないか?欧米では障害者蔑視はないと聞いていたけど結局あるじゃ無いかとかとかいろいろ思うことはある僕自身、これまで何度もいわゆる「蔑視」を感じたことは数え切れないくらいあるあるときは駅でプリペイドカードに入金する処理が遅くって苛立ち気味に「まだできないのか、こっちは急いでるんだ!」と白い目で言われたり、またあるとき。。これも駅、、、片手でプリペイドカードを出すのを失敗し、自動改札にかざすのをモタついていると、後ろから、化粧の厚い高そうなハンドバッグを持った女性に押され、転倒しそうになったとき「何してんのよ!」と罵声を浴びたり・・等々書き出したら屈辱的な場面はいくらでも書けるくらいあった。で、最後に行き着いた僕の思いはこれが人間であり、本来の人間の自然な姿なのだという思いだ。いくら人間が理性的に、理...
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ちょっと続き

前の記事のちょっと続き・・今の弱肉強食の人間社会で勝ち残るためには何をすればよいかって考えてみた・・勝つということは必ずその裏に敗者がいるわけでその敗者はその社会ではいわゆる「弱者」になってしまう。でも、その社会を作る(或いは作った)のは勝者(つまり強者)だそんな勝者(つまり強者)が社会(ルール)は勝者(つまり強者)が有利になるようになっているそうに決まっているだって自分が不利になるような社会(ルール)を作る訳がないから・・だとしたら、そのな勝者(つまり強者)が社会(ルール)でもう一度敗者復活のために闘っても負けることは自明の理つまりそんな社会(ルール)で闘っちゃダメだって言うことになる。。そう考えると今のISなんかの連中に気持ちも分からぬでもない欧米列強(特に米国)が作った(経済)ルールの中で闘うから敗者となり貧困に陥る。。だから米国を憎むひいては資本主義そのものを憎み、敵とみなす。だからといって彼らのやっている事を肯定するわけじゃないけれど所詮、無理なんだ感じる。。簡単な話、、いつの間にか障害者という社会的「弱者」となってしまった僕が健常者を前提に作られた今の社会ルールとかビジネス...