人間について

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不自由になったことで気付いたこと

どなたかのコメントで不自由になったことで「見えなかったことが見える」ようになりませんでしたか?というコメントがありましたが、一つ自分なりに悟ったことがあります。失ったモノ(機能・プライドetc..)は工夫して取り戻せばそれで良い。失ったことをいつまでも嘆いていても仕方がない。何も生まれない。工夫すればどんなものでも100%取り戻せなくても90%は取り戻せる。命以外は・・それで充分だそれが人間の生命力であり、英知だ。そして「真剣に生きる」ことの大切さが分かったような気がする。更に、他人を見たときにその人が真剣に生きている人かどうかという点にとても敏感になった
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悠々自適なんてつまらない

ヨーロッパには「何もしないことが最大の娯楽である」という価値観があるらしい。できるだけ早く現役を引退し、日々何もせず、近所のちょっとしたポーカーゲームに数セントの小さなお金の賭けて楽しむ(日本のパチンコのようなものだろう)。そんな生活ができることが最大の贅沢であるらしい。たぶん僕には絶対できないことだ。こんなにつまらない生活など耐えられないと思う。たとえ大金があっても、「悠々自適な生活」ほどつまらないものがないと思っています。僕は障害を負ってしまったけれども、幸い自分のビジネスを立ち上げることができそうだ。でも「大金を稼いで悠々自適な生活」を手に入れることが目的ではない。僕は仕事をしてるときが最も幸せです。体が不自由で、出張は身体的にはとてもつらいけれども、顧客企業やビジネスパートナーとああだ、こうだ、ああでもない、こうでもないと議論しているときが最も生きているという実感が沸くときだ。だから死ぬ瞬間まで仕事をしていたい。「引退」なんてまっぴらだ。これは健常だったころからそう思っている、もし死ぬのなら、仕事ばったりと逝きたい。それが最高に幸せだと思っている。まぁ2年前本望通り、仕事中に倒...
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志のないビジネスは錬金術と同じ

先日仕事上で打ち合わせに行った会社の社長さん・・いろいろ教えを請いたいと思い行ったのだが、話をしているうちに、どうもその人の考えとか人格がよく掴めないでいた。どうも「自分と合わない」という感覚がして仕方がなかった。打ち合わせからいろいろ考えながら帰ってきてやっと分かったことですがその人はいろんなビジネス市場の「隙間」をよく心得ていて、その「隙間」を狙うと儲かるという話以外の何でもなかったことに気がついたのです。そこには全くと言って良いほど「仕事をする喜び」や「やり甲斐」のような話がなかったのです。つまり、その人に熱い「志」のようなものが全く感じなかったのです。そのことに帰ってから気がついたのです。7どんなに大きなビジネスをしていても、そこに「志」がとても空虚なものになってしまうと思います。僕の場合、障害者になったことで人一倍「人の役に立つ人間であり続けたい」「社会の役に立つ人間であり続けたい」という思いが強くなっているため、そういうものが存在しない単なるお金儲けのビジネスには嫌悪感さえ感じるようになってきています。以前、外食産業で成功者社長が最高級クラスのベンツや社長室に金張りのサウナ...
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中小零細企業の希望

現在日本において、地域の産業(中小零細企業)は疲弊していると言われています。実際に私の進んでいる近畿地区の町工場が集まる東大阪地区でも、疲弊困憊の状態で、もうちょっとがんばってみようという意欲さえ持てない意欲喪失状態であると聞いています。では本当に夢も希望もないのだろうか僕は違うと思ってます。決して優秀な技術力がなくなったわけではないと思います企業も法人という人格があります。そして中小零細企業の場合、法人格=経営者の人格であると言っても過言ではないと思います。つまり人間と同じで希望とは、その企業とそれを取り巻く状態のことではなく、その法人=経営者の心の問題だと思います。何が言いたいかといいますと、ここ数年の不景気で、中小零細企業は、親企業から非情とも思えるようなコストダウンに要求に加え、品質の維持を求められ、それに対応できなくなってしまっている状態だと思うのです。きっと要求のコストで要求品質の製品ができないと親企業から責め続けられてきたのです。人間でもそうですが、「お前はできない」「お前はできない」と言い続けられると、自分は本当にできない人間ではないかと思う様になってしまうものです。そ...
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謙虚さの大切さ

最近、日本人は謙虚さがなくなってきているのではないかと感じます。他人を敬う気持ち・・大切だと思う。たとえば上司を、先生を、敬う気持ちがなかったら、たとえそれが「本当に良いこと」を言ってくれていたとしても・・その人の言う事を聞く耳を持つことができないでしょう。これは人生において大きな損失だと思います。敬う気持ちを持つことによって、「聞く耳」をもつことができる。そうすることによって、結果としてたくさんの知識や知恵を自分のものにすることができるのだから・・最近は、総理大臣さえも尊敬する風潮にはない。確かに失政やそれを極端に煽るメディアの影響もあるだろうが本当にそれでよいのだろうか。学校の先生についても同じことがいえると思う。最近の生徒は先生を敬うという心がないように感じる親でさえ、学校の先生を馬鹿にする風潮があるように思える。これでは生徒が先生の言うことに聞く耳を持つはずがない。そして学校を軽視して塾に通わせる。何か間違っているような気がする。「謙虚さ」は日本人の特性ではなかったでのではないだろうか。 世界に誇るべき特性だと思います。西洋人や、中国人の特性として「目には目を」「歯には歯を」と...
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死の準備

正月や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなしご存知の方も多いと思いますが、これはあの有名な一休さん(僕の誕生日と同じなので僕にとってはなんだか昔から親近感のある人です。)の詠んだ有名な歌ですこの歌の意味は、お正月なんて死に向かって行く中での一つの一里塚にすぎず、正月が来れば来るほど、死に近づくわけだから、お正月なんてめでたくも何ともない。おめでたいと言ってる大衆は愚かだという意味の歌です。確かに人間は、生まれたその瞬間から死に向かって歩いている。生きるということは死への旅路と言っても過言ではないと思います。つまり、人間いつか死ぬ。この道に変更はない。しかし死を恐れてばかりで良いのだろうか。この旅路の終着点は動物も人間も同じだけれども人間だけがこの旅路にあらゆる方法で対処し、旅の道筋を変えることができるのではないだろうかいつ死ぬか分からないけれども、それをコントロールすることもできないけれども死ぬまでに「これだけをやっておきたい」「こういう生き方だけはしておきたい」と考え、それを実践できるのも人間だけだと思います。生きた証を残すこと、生きざまを残すこと、これは死への準備とは言えない...
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無私無欲

脳出血で障害者の仲間入りをし丸2年経った。。2年前の今ごろは、急性期病院で左半身の存在さえわからない状態の自分に呆然として自分の運命を受け入れることができていなかった。それがいつのまにか自分が障害者であることが当たり前になっている。健常者だったころの自分はもうとっく昔に忘れてしまっているようだ。苦しいこと、辛いこと、悔しいこと、たくさんあった。それでもなんとか乗り越えることができてきた。そんな中で、人間が生きる上で大切なこととは何かを考え続けた。いや考えさせられたという方が正しいでしょうこの2年で自分なりに考え、人間が生きる上で大切なこと、それは「無私無欲であれ」ということです。なぜなら無私であれば苦しむことも憎むことも悲しむこともないからです。「こんな自分は消えてしまいたい」と思ったことが何度もあります。どうせ「消える」なら「無私」になればよいではないか。それで柄にもなく、自分を戒め、勇気づけるためにも、柄にもなく、詩を作ってみた。無私は敵を作らず無欲は憎しみを作らず無欲は甘えを知らず無私は悲しみを作らず無私無欲は身体的苦痛をも癒す無私無欲こそ最大の心の平安の根源なり無私無欲に勝るも...
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死は恐ろしくないが・・

今日、NHKドラマ「坂の上の雲」で正岡子規が結核に侵されながらも「死は恐ろしくないが、病の苦しさの方が辛い」と言っていたのを聞いて、共感してしまった。確かに病の苦しさに耐えることに比べたら、死の方ずっと楽だというのは共感できる。去年の春ごろは中枢性疼痛という訳の分からない苦痛に襲われ耐えていた頃は、本当にそう思った。僕の場合も一つある「死は恐ろしくないが、孤独の方はがずっと恐ろしい」これも僕の実感です。1日中走り回って仕事をしていた人々がある日突然、左半身麻痺となり外出することもままならず、一人ベットで寝ていなければならない。これほど孤独を感じたことは生まれてこのかた初めてだった。孤独方が死よりもずっと怖ろしい生き地獄だと思った人間、コミュニケーションがとれないことほどつらいことはない。一人では生きていけないということ肌身で感じた。地獄はあの世に存在するではなく、この世に存在すると感じた。あの頃に比べれば、今は天国だ。
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現代における脱ストレス

現代はストレス社会と言われていますが、 そのストレスの原因として、僕は現在の世の中には人間の欲を刺激する手法の情報が溢れすぎていることが一つの原因ではないかと思っています。もちろん企業のマーケティング手法の中では消費者の購買意欲を向上させるあらゆる手法が用いられています。ひどいものになると、あからさまにたぶんウソだろうと思えるような「体験談」や「喜びの声」のような、法律ギリギリの手法をとっている企業もあります。特にインターネット上ではひどいものが多くあります。人間はその方法によって欲しい、手に入れたい」という欲望をかき立てられるけれどもみんなが無尽蔵にお金を持っているわけでもなく手に入らない。情報だけはあふれるほど入って来るけれども、自分は手に入れることができない。というような状況が多くはないだろうか。青少年たちはこういった欲望を刺激する手法で、欲望をかき立てられ、でもお金がない。だから万引きに走る。こんな悪循環が起こってないだろうか。僕自身もほしいと思うものが次から次へと沢山世の中に出てきている。これを我慢し抑制するのはストレスになる。「元の」自分に、健常者に戻りたいという「欲」この...
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許すということは、人間の強さの証だ

---------------------------------------弱い者ほど相手を許すことができない許すということは、強さの証だ---------------------------------------これはあの有名なマハトマガンジーの言葉だ。ボクが最も大切にしている言葉の一つです。相手を許すということを本当に心のエネルギーが必要なことだ。相手を報復のために攻撃するよりも許すことの方が心のエネルギーが必要だ思う。相手を許せる人間は本当に強い人間だと思います。イスラエルとパレスチナの状況は憎しみの連鎖です。お互いに「絶対に許せないこと」があるのです。おそらく僕でも家族を目の前で惨殺されたりしたら絶対に許すことができないでしょう。その意味ではPLOのアラファト議長と和平合意をしようとした故ラビン首相は本当に強い人だったんだろう。人間にとって「許す」ということ難しいことはないだろうだからこそ「許す」という行為は崇高なのだ。マハトマガンジーがいうように「許す」ということは決して相手に「屈する」ことではない。このガンジーの言葉は障害者になってからこの2年許せない出来事があまりにも...