人間について

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諸行無常・・だな

ああ・・今日、、家内が息子がまたもやもや病の脳虚血発作で学校で右半身麻痺症状がが出たと電話がかかってきので小学校にかけつけたと慌てふためいてた電話がかかってきた・・ええ・・もう5年前の脳血管吻合手術で新たな血管ができもう症状はでなくなった、もうほとんど治ったと安心していたのに・・またか・・心の動揺を抑えきれない・・自分のことならともかく息子のこととなると・・さすがに動揺する・・これまで必死に這い上がってきてやっと、何事も順調に進み始めたかに思えた矢先なのだ・・あんまりだな・・もやもや病(正式病名:ウィルス動脈輪閉そく症)・・進行性の難病だとは知っていたけれど・・4年も発作がでなかったらもう治ったのではないかとそう思いたかった・・なのに・・やっぱりまだもやもや血管は残存していたのだ明日、早速脳神経外科に連れて行くまた脳手術をするなんて言われたら辛い本人もそれを一番恐れているのが分かる・・また5年前の以下のような息子の姿を見るのは、もう勘弁してほしい・・(/_;)なにごとも平穏はいつまでも続かない。。今、諸行無常を感じている・・
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四苦八苦・・

何気なく使っている「四苦八苦」という言葉に実は深い意味があった事を最近知った・・約2500年前に釈尊(釈迦)は生きることは苦しみに満ちてる生きることはすなわち苦である。そして「苦」とは「思うがままにならないこと」と言われその代表的な人間の思うがままにならない「苦」として「生「老」「病」「死」の4つの「苦」があると言われたここまでは知っていた。「四苦八苦」とはこの4つの「苦」に加え、更に以下の4つの「苦」に人間は苦しむことを言うそうな・・・愛別離苦(あいべつりく) - 愛する者と別離すること・怨憎会苦(おんぞうえく) - 怨み憎んでいる者に会うこと・求不得苦(ぐふとくく) - 求める物が得られないこと・五蘊盛苦(ごうんじょうく) - 五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないことこれらの苦の原因が自我からくる欲望だそうな・・・だから自我をなくせば、これらの苦からは解放されるその境地が「悟り」だそうな・・その自我さえも本当は実体のない実は存在しないものだ(「諸法無我」という)と気付くことが「悟り」だそうな・・「四苦八苦」という普通に使っていた言葉だけどその本来の意味するところは深いもん...
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理解してもらえないのは理解させないのが悪い?

僕はこのブログの記事で「弱音」を吐いてきたというかこの脳卒中後の後遺症というものがどれだけ辛いものかを出来うる限り言葉で表現出来るように心掛けてきたつもりだ。でも、言葉ではどうしても表現できない苦しみは理解してもらえない特に僕の後遺症の感覚障害や疼痛(中枢性疼痛)などは医者でも理解していない(これは医師の態度や言葉から断言できる)よく僕の記事を読んで頂いた同じ脳卒中後の後遺症で苦しんでおられる方からメッセージを頂く・・「よくこの苦しみを伝えて下さった」と・・ということは多くの同じ脳卒中後の後遺症を持つ方々がその苦しみ、辛さ(或いは哀しみかもしれない)を周囲に(正確に)伝えきれずにいるということではないかそのことは、この後遺症について理解してもらえていない事を意味すると思う僕は昔、ビジネスの中で相手に伝えたつもりで伝わっていなかったときは聞いた側の責任ではなく、伝えた側の責任だと教わった・・でも・・こういう後遺症というマイノリティな病気?になって思うこういう病気?の苦しみだはそうではない・・と思うこういう病気?の人たちが理解してもらえないのは理解させないのが悪いのだろうか??と・・でもそ...
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重い・・・

重い・・左腕・・もう5年半重い・・麻痺した左腕は全体の筋肉が均等に働かないのでまるで肩から単にぶら下がっているだけのようなものだだから重い重いはずだ・・腕の重さは体重の約十分の一だと入院中に聞いたということは僕の腕は7.5~7.6Kgス―パーで販売している5kg入りの米1個半の重さの「モノ」が常に肩からぶら下がっているようなものだ。。オマケにこの左腕も視床痛(中枢性疼痛)のせいか常時痺れと痛みを感じているそれはまるでビリビリと帯電しておりときおり火花が散り、スタンガンで撃たれたような痛みが走る。。そんなマネキンの7.5~7.6Kgの重さの腕をぶら下げさせられているようなものだもういっそ切り落として欲しいと思うことがあるでもこの腕は僕の効き腕だったのだ水泳でも頑張ってくれた腕でもある・・切り落とすのはあまりに虚しい・・もし仮に切り落としたとしても重度の感覚障害の僕の脳は「切り落とした現実」を受け入れず痛みという感覚だけそのまま残し、幻肢痛という激痛を感じさせる可能性が大きいらしいどちらにしても困ったものだ・・
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ローズ

今日、週1回の通院リハの病院の途中に植物園があるので紫陽花でも折角購入したマクロレンズで撮ってみようと立ち寄ってみたでも、紫陽花園までは起伏の多いところを2~300m歩かなきゃいけない・・こんな炎天下・・(西宮は今日は快晴気温上昇でした)重い一眼レフをぶら下げて、杖をついて紫陽花園まで辿りつく自信がなかったので断念そこで仕方なく、近くに咲いていた赤いバラの花があったのでそれを撮影・・結構綺麗に撮れた・・赤色が鮮やかに出ている両手だったら手ブレもなくなるのでもっといろんな花を撮影できたのにな・・さすがに片手で重いマクロレンズの付いた一眼レフを安定させるのは難しい・・
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民生委員って・・-2

そんなことで・・夫が障害者になって奥さんは大変ですね的な話が延々と続いた。。あげく「脳卒中の障害者になると感情流出という自分の感情を制御できなくなる病気があるようですから・・云々」だから奥さん我慢して頑張ってください的な事・・完全に的がはずれている・・こっちは僕が必死になってハロ―ワークの障害者求人枠に通い詰めているがどこも採用にならないから何か公的な経済的支援がないか相談がないかを相談したかったのに。。偏見にもほどがある・・民生委員なんて所詮こんなもんか・・僕は頼るのをあきらめた・・ハロ―ワークの障害者求人枠に頼るのもあきらめた・・こうなりゃ自分のこれまでの人脈から食う手だてを考えるしか他はないそう思って、僕はここまでそれこそ石にかじりつく思いで必死で這い上がってきた。。結局、障害者だからと言って誰も頼れないんだその思いだけが僕の反骨心になっきたような気がするそれにつけても民生委員なんて、所詮は地方公務員何にも「現実」を分かっていないと思ったそれは今の学校の教師も同じではないかと感じる。あまりに「世間」を知らなさすぎる。最近、児童虐待を児童が死亡するまで見つけられなかったという児童相...
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痛みと痺れは試練か・・

毎日、毎日、痛い・・痺れている左半身・・気にすると発狂しそうになるそれでも何かに必死になっていると多少はまぎれる気がするいわゆる「無我夢中状態」だそんな必死な状況や状態いつもあるわけでもなくいつまでも続かない少し気を緩めると痛みと痺れに心が悶える・・そんな感じ・・人間・・無我夢中状態」だと痛みを感じなくなると聞いたことがある痛みのゲート理論というそうだ。これは戦場では実証されているらしいあのD-Day「ノルマンディ上陸作戦」時ドイツ軍のっ集中砲火を浴びるなか上陸していった連合軍の兵士たちはそれこそ弾丸の雨の中を弾丸が自分に当たる確率が極度に高い状況の中前進せざる得ないじょうきょうだったそうなそのときたくさんの兵士がドイツ軍の射撃を浴びて負傷していたにもかからず、不思議なことに負傷兵が痛み止めを衛生兵に要求する兵士が少なかったそうだそれはまるで、兵士の脳(本能)が「今は痛みに苦しんでいるときではない。それより、一刻も早く弾丸の来ない場所まで移動しろ」とばかりに痛みの伝わる回路のゲートを閉じてしまったのだろうという推測らしいこれが痛みのゲート理論だそうだ。。つまり、人間、何かに「必死」にな...
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「真剣」に生きる・・か

よく俺(私)は、今真剣なんだという言葉を僕も健常者だったころ何度か言った。この「真剣」という言葉・・今になって思うと僕はそのとき本当に「真剣」じゃなかったな・・いや、「心底一所懸命」でさえなかったような気がするあの松下幸之助さん語録にも真剣とはについて書かれていたけど真剣とは竹刀でもなく木刀でもなく日本刀の真剣による勝負のことでありそれは一瞬の気の緩みが命に関わるというような状況のときのような気構えのことであると・・そう言われれば、僕は日本刀を販売しているからわかるけどあの日本刀の切っ先を相手から向けられたらそれこそ背筋が凍りそうなくらい怖いと思うそんな状況の「一瞬の気の緩みも許されない気構え」だったかどうかというと決してそうではなかった。そして今、やっとそんな「真剣」とは言えないまでも毎日「心底一所懸命」生きるようになれたと思う。少なくとも脳出血で倒れるまでの45年のの人生よりは倒れた後の、この6年の方がはるかに毎日を「心底一所懸命」生きてきたと思うそれこそたかが歩くということさえ、一歩一歩が一所懸命にならざるを得ない。だって少しでも気を抜くと転倒しそうになるのだから・・「上げた左脚...
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壮絶な人生・・松下幸之助 かなわんな・・

松下幸之助。。。僕が心の恩師というかこの方の言葉に幾度励まされたことか・・僕が世界の尊敬する人物の3本の指に入る。残念ながら現在存命中の方の中にこの方を上回る人はいないとさえ思っている。それはパンソニック大企業を作り上げたという偉業だけではなく生きざまそのものが到底真マネの不可能な生き方だからだ僕の父(父は昭和初期、大阪で丁稚奉公をしていた)の親方の元に松下幸之助によく来ており、父の親方が「幸ちゃん、幸ちゃん」と可愛がっていたという話を聞いていたから余計に親近感も感じている。(僕なんかにとっては雲の上の人だけど・・)あの世界一の投資家のウォーレン?バフェットも松下幸之助の壮絶な人生は世界に類まれな絶望から成功の感動の生きざまであると言わしめたほどである。もちろんPHP文庫から松下幸之助名言集などがたくさん出ているので言わずと知れた「経営の神様」だということはほとんどの人は知っているでも彼の幼少期の生い立ちを詳しく知っている人は意外に少ないと思う僕がそれを初めて知ったのは4年ほど前に発売されたしかも米国人が書いた「幸之助論」と言う書籍を読んだときだ。本当によく取材している、和歌山での幼少...
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感覚障害の世界

昨日、所用で電車で梅田に行ったときだ西宮からたかが20分照井程度だけど僕の足で杖で立続けるのはちょっとつらいので座席に座わささせてもらったしばらくすると、、左側から板(というか壁というか、そんな感じの)ような「力」を感じた・・で、僕の身体が右側に倒れそうになった・・ふと、何かな・・と思って左側を見ると、、タンクトップのキレイな若い女性が居眠りをして僕の肩に寄りかかっているではないかそのとき、僕は・・変な話だけど、健常者の頃なら自分の肩に(僕も半袖だったので)女性の柔らかい肌を感じて悪い気はしなかったと思う・・(*^_^*)でも今の僕は・・「F」、つまり物理で習ったの力学上の「F」 F:力=m×a(m=質量 a:加速度)を身体全体で感じるだけなのだ・・その力(F)の元が何か全くわからない・・固いのか、柔らかいのかも全くわからないつまり、皮膚の感触(触覚)もかかる圧力を感じる感覚(圧覚)もないのだだから、ただ力の学「F」だけを「しかも身体全体で」左方向から感じ右方向に押されていることだけはしかわからない「それ」が何か全くわからない・・肌の感触で女性かどうかも僕の左半身にはわからない・・た僕...