人間について

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中枢性疼痛 ・・厄介だな・・

僕の感じている痛みと痺れは中枢性疼痛(ちゅうすうせいとうつう) と言うらしい。GOOGLEでググってみたらでてきた。---------------------------------------------------------脳または脊髄に障害があり、末梢の侵害受容器からの入力がなくても、あたかも受容器が強く刺激された時に生じるような激しい疼痛---------------------------------------------------------で、更に------------------------------------------------------------------------------------------・疼痛は神経系の障害によって生じるか、神経障害直後ではなく、しばしば時間をおいて出現する。・疼痛は異常がある部位に生じることが多い。・疼痛は自発性定常痛(灼熱痛)、間欠性電撃痛、誘発痛の3種類の要素に分けられる。・疼痛は脊髄視床路およびその大脳皮質への投射路の機能異常と関連して出現し、 時に交感神経系の機能異 常を伴うことがある。<対処法>・モル...
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身体の苦しみをよそにスマートシティ構想が動き出しそうだ。。

ここ数日、定期的に押し寄せるネガティブ思考と体調の悪さに苦しんでいる。にも関わらず連休前に原発の隣町のM市の市長宛にある人脈を通して送ったスマートシティ構築提案書に半減原発派の市長が強烈に関心を示したらしく、秋の市議会に議案として提出したいから詳細な企画提案書を作ってほしいという依頼が来てしまった。。さあ大変だ・・痺れがキツイなどと嘆いている状況ではなくなってきた。。不思議なもんだ。こうなってくるとあれほど苦しかった痺れが我慢できている。病は気から・・・市長の反応にきっと僕の心が感動しているのだろうか
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不自由と痛みどっちがつらいのだろうか(誰も気付いてくれないという孤独)

僕は半身麻痺になった。左手は「全廃」で全く使い物にならない。ごはんを食べるときお茶碗も持てない。ナイフとフォークの食事は不可能だ。歩くのも杖が必要で遅い。これらは確かに不自由だ。これも辛いといえば辛い。でも僕にはもう一つ辛いことがある視床痛という痛みと痺れだ。左半身は常に一皮めくれて風にさらされているような痛みと痺れだ。手足が不自由で動かないのとどっちが辛いか僕は断然視床痛の方が辛い。だって不自由は「工夫」でどうにでもなるでもこの視床痛の痛みと痺れはどうにもならない気が変になりそうになる。僕はいつも思うのだがあの「五体不満足」で有名な乙武さん。確かに四肢とも非常に短く大変な「不自由さ」だろうと思う。でも乙武さんには僕のような四六時中の痛みはあるのだろうかもし無いのなら、(本当のところは分からないけれど)僕は乙武さんの方が楽なのではないかと思うのだ。「痛み」というものだけは第三者には外見からは全く分からない。だからどんなに激痛に苦しんでいても「大丈夫か」という声さえもかけてくれる人もいない。手足から出血でもしていたら別だろうけど・・こんなとき、ひとり孤独に闘っていると感じる・・誰も気付い...
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幸せとは

幸せとは人より得をすることではない。どうしても他人と自分を比較してしまいがちになるけど今の自分の状況に感謝できる状態にあることではないだろうか半身麻痺になってしまって以来、僕は健常者と身体機能の比較ばかりしていたと思う。いや過去の自分の身体機能との比較ばかりして苦しんでいたように思う。今、現在自分の状況に感謝出来る状態にあるかと考えると確かに痛みと痺れはある。でもこれは闘う対象だ。幸・不幸とは何の関係もない闘って勝つか負けるかどちらかだ。僕は今の自分の状況に感謝出来る状態にあると思う。入院中に人の役に立ちたいと思いつきで始めた日本の環境技術を世界へ紹介するウェブサイト作り。。ノートパソコンを病室に持ち込んで、この部屋ではWIFIが繋がない!・・などと看護婦に文句を言って困らせながら・・(苦笑)それが今、何とNPO法人として活動できているではないか仲間の支援があったからできたものだ。それをやるならNPO法人でやった方が良いからと、既存のNPO法人をその活動の「箱」として利用するよう譲渡してくれた。僕には今そんな仲間の支えがある。これこそ感謝しなければならない状況ではないか。その意味で幸せ...
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自分の人生を許そう

相手を許すということは、相手を認識することだ。相手がなぜ「許すことのできない」行動をしたのかを認識することだ。相手は相手なりの事情があったはずだ。それをきちんと認識することで許すことができるのだ。自分の人生についても同じ中途障害になってしまった自分の人生を許せないというのは人間の人生に対する僕の認識の甘さだ。人間は誰しも、病に患い、老い、死を迎える。僕も人間として当たり前に遭遇する病の一つに患っただけなのだ。人によって人生はいろいろある。この世界には僕よりもずっとずっと辛い思いをしている人間だってたくさんいるもっと痛みに耐えている人間だってたくさにるはずだ。人間の人生とこういうものだそういう理解をすることで自分の人生を受け止めることができるような気がする。そう、僕はこういう人生なだけなのだ。ただそれだけ・・理解してくれないと感じる周りの人の無理解への憤りだって良く考えれば、理解できなくて当たり前・・病に対する悲しみも人は病になるものさそう思うことで少し気が楽になる。人は誰しも病・老・死から逃れることはできないなんだか悔しいど、ブッダの言うとおりだよな・・・そしてこれが僕の人生なのだ。人...
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障害が僕を鍛える

不自由は僕を賢くし、痛みと痺れは僕の堪える力を鍛え、周囲の無理解や好奇の目は僕の人の心の洞察力を鍛え僕の精神をも鍛える。そう考えると障害は僕を最強の人間にしてくれる絶好の機会を与えてくれたと思え、辛いことだと思わなくて済む逆に健常者の他の人には絶対に与えられない僕だけへのご褒美ではないかと思える、
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痛めつけられれば痛めつけられるほど強くなるのが人間

僕は叩かれれば叩かれるほど強くなるような気がしているそればら僕はまるでM(マゾ)ではないか(笑)でも意外と人間ってそういうものではないだろうか機械は使えば使うほど摩耗が激しくなり、無理をすればするほど壊れる自動車も走れば走るほど、タイヤハは擦り切れ弱くなるでも人間は逆だ走れば走るほど、強くなる身体をいじめれば、いじめるほど身体は鍛えられ強くなるのだ。また人の精神も同じだと思う僕も障害者になってからというもの痛みと不自由さに「攻められている」そして攻められれば攻められるほど自分が強くなってきているように思う。精神的にもそうだ。小さい弱い柱だったかもしれないけれど、一家の大黒柱だった僕が障害者となって「倒れてしまった」ことで身内で予想外の揉め事が起こった仮家庭でも「軸」がブレると全体がちょっとしたことでトラブぶるものだ建築物と同じと思った。思わぬトラブルの連続で精神的にも相当「叩かれた」でも今思うとその分精神は鍛えられ以前より「かなり」強くなったように思う。だから僕は最近、障害は自分鍛え強くしてくれる絶好のツールだと思うようにしている。僕の携帯電話の待ち受け画面にはこう書いてある痛みは忍耐...
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生きる意味

僕は半身不随の障害者になってからというものずっと生きる意味について考え続けた。いや考えさせられた。毎日が不自由で・・・痛くて・・・痛くて・・・痛みに耐えて・・痛みに耐えて・・そんな苦るしみに耐え続ける・・そして耐え続ける・・他にも必死で守ってきた自分の会社は破産・・大切にしていた従業員も解雇せざる得なかった・・こんな精神的苦しみに耐えてきた。今も思い出すと苦しいその上、息子にまで自分のもやもや病が遺伝したことが発覚・・まだ5歳だった息子にリスクの高い脳手術を受けさせなければならなかった。それでも生きなければならないのかなぜ僕はこんなにまで苦しまなければならないのかこれでも生きていると言えるのかいったい何のために僕は生きているのか?苦しむために生きているのか?生きる意味とはいったい何なんだ!自問自答し続けてきた。そんなとき、あのダライ・ラマの言葉が耳に入ってきたあるインタビュアーがダライ・ラマに聞いた「生きる意味と何ですか」「わかりません」・・ダライ・ラマ「・・・」「ひとつだけ言えることがあります。それは人間には生きる権利があるということです」「生きる意味は分かりませんが、人には生きがい...
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ベンチャー企業の優れた技術力を国家事業にできない日本

先日、イギリスが国家事業として波力発電(海の波の力を使った発電システム)の開発に取り組んでいるというTVを見た。5年後になんと原発2基分の発電を目標にしているという既に開発された波力発電1基で2万世帯分の電力を賄うというから驚きだ。イギリスの波力発電のABCニュースでの報道最も驚いたのはこの技術がたった6人のベンチャー企業が開発した技術だということだ。日本には絶対マネのできないことだと思った。なぜなら日本政府(具体的には経産省などの官僚)がたった6人のベンチャー企業が開発した技術を国家事業として取り上げ後押しするとは思えないからだ。霞が関の高級官僚には絶対にできない。(今の政治家にその判断をできる政治家ができる政治家がいるとは思えないから事業化の実権を握る霞が関の官僚ができなければどうにもならない)なぜなら彼らがも最も恐れるのはリスク(挫折)だからだ。東大卒などというエリートという自分の「栄光?」に傷がつくからだ。彼らがもし国家公務員を辞めさせられたら、屋台のラーメン屋から始めるような根性はあるだろうか。たぶんないだろう。佐川急便で働いて資金をゼロから貯めて事業を興せるだろうかたぶんダ...
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もしもぼくが政治家(特に総理大臣)になれたなら・・

もしももしももしももしももしももしも万が一つにでも億がひとつにでもぼくが政治家(特に総理大臣)になれたなら・・ぼくにはどうしてもやりたいことがある。それは・・ぼくの持っている再生可能エネルギー技術の知識を総動員して原発に変わる電力供給システムを作ること。です以前の何とか言う総理のように具体策のない思いつきではないと思っている。1.僕は最新型の薄膜式の太陽光発電パネル技術を持つベンチャー企業の社長を知っている。2.僕は今東京電力と日本ガイシが進めようとしている大型で長寿命の蓄電池であるNASバッテリーよりも更に大型で長寿命の蓄電池で、しかもNASバッテリーより絶対的に安全な最新型レドックスフロー蓄電池技術を持つベンチャー企業の社長を知っている。3.僕は現在主流の3枚羽根の風力発電装置よりも数倍発電効率が良く、且つ低周波騒音の無い最新型風力発電技術を持つベンチャー企業の社長を知っている。4.僕は日本でほとんど失敗していバイオマスメタン発酵によるエネルギー供給を唯一成功させたベンチャー企業の社長を知っている。1.の薄膜式の太陽光発電パネル技術を利用すれば、こまで設置できなっかった工場や倉庫や...